■ ボクはおいで派です。
空は青く澄み日差しが暖かい。
そんなある日、わたしはナズナちゃんとお洒落なカフェで女の子同士の談笑していた。
「時代は壁ドンだよな、あれは熱い」
『まぁ確かに、真っ赤になった相手をなじるのは萌えるよね』
「え、あんたがやる方?」
『もちろん、その後膝ガックンガックンにして涙目のソウ…ゲフンゲフンをいただきまきすよ』
「もう考えがゲスいよ。じゃああれは?俺についてこいタイプはなし?」
『んー、なしじゃないけど。言う人によるよねぇ』
「ま、そだな。ちんちくりんに言われても腹立つだけだよな」
『ナズナちゃんはこい!って言われたいの?』
「おいでかこいだったらこいだな、男らしい方がタイプだし。あんたは?」
『わたしは、優しくおいでって言われたいな。グフグフ』
決して若くない淀んだ会話をするカフェテラスの一角で居酒屋のような2人の笑い声が響く。
その時だった。
『……ちょっと待ってナズナちゃん』
ゾクッ、鳥肌がたつような薄ら肌寒い感覚。この感覚は何度も味わったことがあるからなんとなく分かる。
今から何が起こるの……
『かっ!!』
「メコッ!!」
ドコォッ!ドスン、バスンッ!と音を立てて地面に伏した後方の木箱を背中で壊した人物を眉間にシワを寄せながら見る。
その人物は「ひっどぉーい」と煙の中から起き上がり服の埃を払い落とした。
ああ、かわいこぶりっこしやがって何が「あいたた」だ。なにが「愛のこもった拳ごちそうさま」だ。ハァハァ言ってんじゃねぇ。
寒気が襲う時はだいだい決まってる、風邪をひいた時かこいつが後ろから気配を消して抱きついてくる時だ。
『ほんとこりないな!オマエは!』
「やだなぁ、ボクとファラちゃんの中なんだからテトラって気軽に呼んでよぉ!」
きゅるん!とハートと星が出そうな程に首を傾げポーズをとるこいつをどうにかして埋めたい。地面に埋めたい。
『少女のなりすましは犯罪だよ』
「ん?超絶美少女のボクは犯罪級だって?」
こいつ耳までイカれていやがったのか。
「ナズナ姐さんもこんにちわぁ!お久しぶりですね!」
くるりんと振り返り口をひくつかせるナズナちゃんにウインクをかます。怖いもの知らずなやつである、今更だが。
「…ほんとあんた変わらないね」
『ナズナちゃん、ぶぁぁあん』
こういう時のナズナちゃんはトンズラが得意だ。前だって気づいたらいなくなってた。それもありいつもよりも強く袖を握る。
「え?なになにテトラと2人にして欲しいって?」
『そんなこと言ってないよ!!』
「ボクからナズナ姐さんに一生のお願いっこれで!」
ナズナちゃんは一瞬わたしを見たあとにやりと笑い一瞬で姿を消した。消しやがった。
テトラを見れば親指と人差し指を付けグーサイン…それ金じゃねぇか!お金で売買されてんのわたし。
「久しぶりに会ったんだし、たくさんお話しようよ!楽しみにしてたんだから!」
るんるんといち早くナズナちゃんが座っていた席につき注文をするテトラに溜息が出る。
でもまぁ、なにもしてこないテトラはただの女装趣味のぶりっ子なだけで悪い子ではないのだ。
こうして話をするのは別に嫌いではない。歳は違うが一応女の子の気持ちは分かっているし話も合うのだ。それに話が上手だから楽しい。
わたしがそうなのと相槌をうてばフフフと嬉しそうに笑う。
「ファラちゃん、それでねそれでね!」
その話の大半は主にテトラから会わなかった間の話だった。なんでも大規模レイドへ参加してきただのお友達のマサチューとデミデミのお話もたくさん。
もう、おねぇさんお腹いっぱいです。
「はぁ、楽しかった!ファラちゃんまた会いにくるね!」
『はいはい、身体に気を付けてね』
「……」
ん、どうした?俯きながらふるふる震えるピンクを見ていればいきなり両手をバッと広げて首に抱きついてきた。
よける暇もなかったわたしは軽い衝撃を受けるわけで首に巻きついた腕と近くにある顔に慌てふためく。
『なっ!なにやってんの!離れなさいっ』
「だってぇ、いつもファラちゃん最後にボクの心配してくれるじゃない!大好きだなぁって思ったの!」
だだだ、大好きとかなんだこの素直で可愛い生き物は…。危うくころっと行ってしまいそうだったじゃないか。
『もぉ〜、はいはい分かったから』
こんなのあんたが女の子の格好してなかったら公共の場でこんなこと絶対にさせないんだからね。あざといったらないし 、顔が熱い。
「いつも言ってるけどボクは本気なんだからね!それにボクだってモテモテなんだよ!ちょっとは焦ってよ!」
『首が苦しい、だから私は好きな人が…』
「…ストーップ!それ以上は聞きたくない。せっかく沢山お話して良い気分だったんだからこのまま帰らせてよ」
少しシュンとした声が耳をくすぐる。
そういやこの前、ソウジロウ君に偶然会った時に死ぬほど敵対していたのだった。話に出すことになるといつも避けていたのに油断していた。
じゃあね、と少し沈んだ声が聞こえたのもつかの間いつもとは違う少し変声期を迎えていない男の子の優しい声が耳元で言葉を告げる。
『!?』
耳を押さえて離れた相手を睨んだ。
ふあああ!!耳がかゆい、顔が、身体が熱い!!
『もう来るな変態!!』
駆け出して揺れるピンクの艶髪にいつもの笑顔を浮かべひらひらと手を振るテトラの背中を消えるまで見送った。
「ボクはおいで派だよ、ファラちゃん」
2014.10.15
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