■ その頃、とある山中では。

雪がしんしんと降り積もる中、喧しい騒動に出くわした。

元の世界に戻った時に以前着ていた着物、腰には薄刀、そして切ったはずの髪が戻っていた。まるで今まで彼方の世界での生活が嘘だと言い聞かせられているようだった。

嘘?そんな筈はない。全てが元通りになっていようとこの心の疼きは変えられないのだから。

その騒動の中、ふわりと束ねた髪が揺れた。
久々のその長くて量のある自分の髪の感覚に慣れない。一度切ると邪魔に感じてしまうものなのだと熱心に語っていた花子殿の姿を思い出した。

できれば今はあの人の事だけを想い空を見上げていたかったのだが致し方ない。懐かしい刀を抜く感触に昔の感覚を思い出して肩が震えた。どれくらいの間、拙者はこの刀に触れていなかったでござろうか。

「ときめいてもらうでござる」

可笑しくて笑えてくる。

人を斬るのは当たり前で、それを顔色変えずに行っていたのは自分自身なのにもうそれが出来ない。

『白兵くん!こんな刀使ってたの!?ひぇぇぇ』

「ぐっ、ぁ?死んでねえ」

「がはははっ!そんな成りして殺せねぇのか綺麗な顔した兄ちゃんよぉ」

『白兵くんはちゃんと感情を持った人間だよ』

「殺して欲しいのか?」

「ゲヘッ、殺せんならどうぞ。早くずらかってこの女でお楽しみしたいのよ俺達は」

『殺すなんて、簡単に言わないで?』

「た!助けて下さいっ!」

「うるせぇ!!黙ってろ!!」

男が娘の頬を叩く。こんな下賤で醜い人間をも助けなければならぬのか。拙者は分からぬ。

『白兵くんは優しいから、大丈夫だよ』

貴方のそばにいるから拙者は人としての感情を思い返せた。貴方のそばにいたから優しくなれたのに、もう貴方はそばにいないではないか。拙者は今迄通りに人を斬り、剣を磨き、そして強者を倒す。それだけしかないと、ないと思っていたのに。

花子殿…。

「助けてぇっ!!」

男が抱える男と娘の姿が花子殿と重なった。直後、足が勝手に地を蹴った。ああ、これだ。拙者は地面を砕き岩をも海をも斬る。
ー花子殿は拙者が守る。

『白兵くん、大好き…』

「………ど、の…」

男の首に向かって横に放った刀を寸前で止める。少し首からは血が出ているがただの浅い切傷だ。男は殺されるとその身で感じたのか口から泡を吹きその場へ倒れ落ちた。仲間も声をあげて去って行く。その場に残ったのは泣きながら崩れ落ちる娘と倒れた男、そして拙者だった。

…どうするべきだ?

いつもなら無視を決め込み通り過ぎていたが何故か罪悪感に襲われる。
今迄こんな状況に陥った事がないものだから冷や汗が流れた。置いて行ったらまずいだろうか、きっと花子殿がいたなら娘を家迄届けてあげなさいっと声を荒げて怒るだろうな。

「娘、家迄送ろう」

「あ…ありがとうございます!」

なんだかいつもよりも倍以上時間もかかり尚且つ疲れた。家の近く迄送り届けたのは良いが親が出てきて家に上がってけだの娘を嫁にだの断るのが大変だった。これならもう少し断り方と言うのを店長や花子殿に教えて貰うべきでござった。

「花子殿…」

元気でいるだろうか。

今貴方は何をしているのでござろう、何を見て笑い何をして過ごしている?泣いてはいないでござるか?

貴方が幸せであるなら拙者も嬉しい。

そう思っているのに反してぎゅうぎゅうと痛む胸を抑え苦笑する。大丈夫だ、大丈夫。そう思っていなければ花子殿へ笑いかける事すら出来なかったのだから。大丈夫。

想い出は消えないから、拙者は毎日貴方を思い出そう。

だから寂しくはない。

心配せずとも拙者は大丈夫でござる。散々子供扱いされて来たが、拙者はそんなに子供じゃない。


そういえば、初めて出逢って直ぐに光りに包まれ自分は元の世界に帰るのだと悟った時に拙者が叫んだ言葉は届いていなかったのだろうな。けっきょく最後迄言えずじまいだったが…本当に神様と言うやつは意地悪なのだな。

「これが運命ならば、また会える」

本当にまた会えるとは思わなかった、余計な者が増えて居たけれどそんな事はどうでも良かった。思えばあの頃から貴方が好きだったのかもしれない。また、なんて言葉はもう無いのかもしれないけれど言葉に出したらまた叶うのではと思い、口に出す拙者は意外に単純だ。

「ああ、寒いでござるなぁ…」


帰る時まで繋がれていた手を見て口元が緩む。

花子殿、いつ迄も拙者は貴方の事が大好きでござる。

…いつ迄も。
(comment*☆.)


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