■ その頃、真庭の里では。

乾いた風が頬を撫ぜる。

里の復興の為に忙しなく指示を与えて自身も動き回っていた忙しい日々の中、ふと思い返すのは愛しい異世界の娘の姿であった。娘、というのには少し歳を重ね過ぎているのかも知れないが、彼女には笑った顔に幼なさが少し混じっていた。

珍しく鳳凰は休憩をとるために川沿いの大きな大木の下に座ってさらさらと流れる川を眺めていた。いつもは余計な事を考えてしまうのでしないその行為だが、今日は少し違った。思い出したい、そう思ったのだ。

初めて出逢った日をお前は覚えているだろうか。任務からの帰り道、突然視界の色が変わって気づけば暗い部屋の中、暫くして開かれた光の先に居た女。目が暗さに馴れ視えた先にはごく普通の女が唖然と立ち尽くしていた。その女の服装や辺りのカラクリでここが自分のいる世界ではない事を察した。団栗のようなくりっとした目をこれでもかと見開いて驚く、その特に飛び抜けた訳でも無い容姿の娘の姿にきっと我の事を機から騒ぎ見ていた娘たち達とまた似たような事になるだろうなと頭の片隅で思い眉間に皺を寄せたが、それは直ぐに消えた。

我に生意気な口をききそれで尚物怖じもせぬ。我は、ただ興味が湧いた…それだけだったのだがなぁ。


過ごした歳月を、一緒にした事を覚えているだろうか。我は鮮明に思い出せる。

今とは違う暑い夏であったから"くうらあ"と言うカラクリを止めるか付けるかでよく喧嘩をした。
勝手に食べたあいすの事でよく口うるさく叱られた。
毎日当然に置かれている食事が喧嘩した夜は我の好物のかれーらいすだった。
近所の商店街へよく買い物へ出掛けては恋仲と勘違いされて怒っていた。

「くくっ、よく怒られていたな」

好きだと言ったら「嫌いだと思ってた」なんて無神経な言葉を紡ぐお前が最後に「好きだよ」と途切れ途切れに顔を染めながら口を開いた時は嬉しくて、けれどいつかは終わってしまうであろうこの気持ちに胸が苦しく切なくお前の事をとても可愛いくそして愛しいと思った。
口吸いもしたな、我から無理矢理という形であったがそれはそれで良い。好きだと顔を染めた愛しいお前の姿に耐えられるはずなどなかったのだから。

「花子……」

今となれば幾分も小さい身長、伏せられては視線がいく長い睫毛、摘みがいのある頬、ぷくりとした唇、少し茶色味がかった指通りの良い髪、容易に包み込める小さな手もどれも愛しくて愛しくて堪らない。

…堪らないのだ。

お前は最後に泣きながら「連れて行って!」
と腕を掴み離れなかった。愛しい、愛しい愛しい連れて行きたい、我の名を呼び泣くその涙を拭い口付け共に居たい。我の事を忘れさせぬよう今ここで唇を奪い頭の中を我で埋め尽くしてやろうとその数秒で考えた。

だが、そんな事できるはずがなかった。

愛しい愛しい花子。

こちらの世界に来れる確証もなく、また違う世界に飛ばされお前だけ取り残されるかもしれぬ。そして我には我のしなければいけない事がまだ残っている、それが里の長としての責任。言い訳ばかりに聞こえるかもしれぬが危険な賭けをする訳にはいかなかった。
良い方へ考えれば、そろそろ帰らねばならぬ頃合いであった。

「我と居たのは一時の夢、良い夢だったな花子、貴方はここで幸せに生きるのだ」

最後に口から出た言葉は彼女にとっては最低な一言であっただろう。一時の夢?良い夢だった?幸せに生きろ?何をとぼけた事を抜かす。我はお前との未来を望んで止まぬ。
確かに夢であったならどんなに楽だっただろうと思った事も、気持ちを誤魔化そうとした事もあるがそんな事すぐに止めた。

思い出す度に溢れ出る感情にもみ消されてしまう、それ程に想っていたのだ。

他の男と共に幸せになれ等と誰が思う。
だがお前の幸せを願わなければいけない。

ああ、そういえば残していく者よりも残された者の方がツラいという言葉があっ花子は泣き虫だから、花子は一人で抱え込むから、花子は…弱いから、…それ故に心配だ。

残された花子の後の事を頼むと近くに居た我と同じ想いを持つ錆へ託した。彼奴もきっと同じ事を考えているのだろうが、その頃には花子も少しは強くなっているだろう。

「元気でいるだろうか」

胸元に輝く石を掌に包み込む。

「…我以上の男など見つからぬであろう、勿体無い事をしたな花子」

我はモテモテなんだぞーと彼女へ話したのを思い出して苦笑した、しかし、出逢いがあろうと我はきっともうお主以外の女を愛す事は出来ぬ。
手の平の石を摘み空に向ける、光を通すと尚輝きとても綺麗だ。

ふと頬を伝うものに気づいた。石を離し、頬に触れれば濡れていた。

「とうに枯れたと思っていたが」

気づけば止まらず流れ続けるソレにらしくもなく戸惑う。そして、両手で顔を覆って俯いた。


「好きだ…好きだった。花子」

呟かれたその言葉は悲しくも川の音に掻き消されていった。

ああ、もう会う事のない君の事をいつまでも想う我を許してくれ。けれど、こんな情けない姿は里の者には見せられないから。

墨の沢山付いた筆で塗り潰そう、全部、全部。

けれど、ふと気づいた時、また想わせてくれ。


「幸せになってくれ…」
(comment*☆.)


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