■ 冷たい壁。



「白兵くん…?」

えっと、向かえに来てくれたんだよね。無言でどんどん帰り道を進んで行く白兵くんの背中を見る。うーん、やっぱり怒っているよね。

すたすたと足早に歩き既に目の前に我が家がある。階段を登るのも終始無言でここまでくると、もう私も何も考えず歩いていた。けれど白兵くんは扉を開けて中に入ると同時にくるりと向き直りかちりと目が合うと寒々しい視線のまま、私に口付けた。急な行動におどろいた私は持っていたバックを床に落とす。ああ、なかの物が散らばってしまった。

「んっ!むぅ…」

左右位置を変えながら深く口付けられて息が苦しくなる。とん、と背中に冷たい壁があたる。なんだか、白兵くん怖い。

いつもと違う目だったし、それに今されている行為もいつも照れながらちゅっちゅと小鳥のようにしてくれるものとはだいぶ違う。
大人なキスは一般的に年齢を考えれば普通の事だけれどこれは普通じゃない。
私は意を決して彼の肩を強く押した。

「ーっ、白兵くん!」

唾液で濡れた口元を拭いながら見れば、戸惑いを隠せず眉を寄せた彼が居たものだから私はそれ以上何も言葉が出てこなかった。白兵くんは私と同じようにぐいっと口元を拭い、背を向けリビングへ一人向かう。わたしは一人ぼっちで玄関に取り残されたままで、頭に残るのは白兵くんの初めて見せるあの表情だった。

とりあえず、散らばったものをバックへもどそう。

静かな廊下をひたひたと進み扉を開ける。空気が重い、白兵くんはソファーへと腰を掛けていた。横目でそれを見ながら私はどうしたら良いかも分からず「着替えてくるね」と彼に告げた。返事は返ってこない。頷いたのかもしれないし、頷かなかったのかもしれない。ただ、私には声は聞こえなかった。

着替えて戻ればやはり外を通る車の音以外聞こえてこない、とても静かで居心地が悪かった。理由を訊かなきゃ、と白兵くんの横に座り彼を見て私は自分の目を疑った。そして、自分の行動に後悔した。

余り感情を表に出さない彼が、俯きながら顔をぐしゃぐしゃにして泣いていたから。

武士と言うもの人前では泣かぬ、なんて言葉を何処かで聞いた事があった。そんなもの、この場には存在しない。

「…っ、ぅ…っ…うぅ…」

彼の性格からして武士は人前では泣かない、決して弱い所を見せたがらない人なのは知っていたから、こんなに嗚咽を漏らしながら泣いている姿を見る事になるなんて到底思いもしなかった。

けれど、所詮彼も人間だ。

漫画や小説、アニメの中で恐怖も戦慄も躊躇もない男と表されていたとしても、白兵くんは白兵くんなのである。感情も表情も仕草も、どれも人間らしくそれでいてとても愛があった。

私は泣きじゃくる彼を抱き締めた。

「拙者は…っせ、拙者は、ふ…うう…」

肩が震え、嗚咽を漏らすたびに肩が揺れる。きっと考えている事は私と同じだ。きっと彼も気づいていた。気づかないふりをしていたんだお互いに…。

「拙者は…自分の世界など、要らぬ…執着していた刀の事などっ、今となれば…っどうでも良い!!ただ花子殿と共に居れれば、それで…それで…いい、のに」

私の袖をぎゅうっと握る白兵くんの涙で服が濡れていく。抱き締めて、大丈夫だよと言ってあげるはずだったのに私も涙が溢れてきて言葉が出ない。

「花子殿の幸せを願わねばならぬのに、それが…っできない」

きっと会社の前で私と後輩の一悶着を見たからだろう。私はただ、頷いた。

「鳳凰殿にはそれが、出来たのにっ…」

私が抱き締めていた身体は向きを変え私を強く抱き締める。それは機からみればみっともなく縋り付くように、だがそれを私は愛しく大切な物を扱うように受け止めた。

「拙者は醜い…拙者が消えた後、花子殿は一人だというのに、その隣に拙者以外がいるのを…拙者は許せな、い…言っては駄目なのに、拙者は最低だ…」

そっか…そんな事、想像もしなかった。私も白兵くんの幸せを願ってるけど、その隣に私と違う女の子が居て私にだけ見せてくれる笑顔をその子にも向けている。そんな姿を想像しただけで、胸が苦しくてこの回した腕を離したくなくて仕方がなくなった。

「花子殿っ…花子、殿…」


(そんなの…私もだよ)






(comment*☆.)


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