■ 仕事がツラい。



いつも通りに仕事へ向かう。なんてそんな事が出来るはずがない。もしも、今この時にいなくなってしまったならと思うと本当は気が気でない。ヒールの音がコツコツとコンクリートを鳴らす。

−戻ったら白兵くんがいない?

会社の扉が開け閉めを繰り返す。警備員が困っているのは分かっている。けれど足が重くて進まない。
(…前に一度諸事情で早退してしまったしなぁ)
その時後ろから聞き慣れた声が聞こえる。振り返ればいつも私の向かえの席で一緒に仕事をしている後輩がいた。

「こらこら先輩、警備員さん困らせてなにしてんすかマジで」

「わっ!ちょっ…」

警備員達にすみませんねーと悪びれながら私の背中をずいずいと会社の中に押し込む。会社の中に入ったと同時に止まる事はなくなったけど、じとりと横の後輩を睨めば「ん?」と人懐こい笑みを浮かべてくる。

「…先輩を見下ろすな」

「無茶言わないで、先輩小さいんだから無理っすわ」

まったく、私はそこまで小さくはない。この今のどうしようもない気持ちの時にこの横の先輩を先輩と思っていないデカイ男に見下ろされては良い気持ちはしない。

「なに先輩もしかして彼氏と別れた?」

「ぐっ…」

良いところついてきやがる。初めに部屋に白兵くんがやってきた次の日も「あれ?彼氏できた?」と私の些細な違いに気づき的確にそこをついてくるのだ。なんなの?もう少しオブラートに包めよ。まぁ、別れた訳ではないし、ただもうすぐ…その事を考えて私はぐっと唇を噛んだ。なにを考えてんの私は。

「ちょ!先輩!?ご、ごめんって、そんな深刻だとは思わなくて!」

ワタワタと横で慌てる後輩。エレベーターのドアが開き後輩を置いて一人歩き部所へ向かう。部長がその様子を見て「なんだどうしたー?」となんか青春してるなーと勘違いして見てくるものだから更にイラついて「イジメられました、減給してやって下さい」とだけ言い席に着く。

「ちょっと!先輩先に行かないでって!」

「坂本はい減給なー」

「え?部長?なんで、え?俺の給料?」

「先輩をイジメちゃ駄目だぞー」

まったくうちの部所は、いつも面白い所だ。こんな所で働けるのはとても良い事だとは思う。パソコンを立ち上げてそれを待つ時間頬杖を付く。ワーキャー会社の人たちが騒ぐ中私は早く会社終わんないかなとボーッと考えていた。

そんな事を思うなんて、やっぱりあの日が訪れてからだ。

時間が遅く感じた。集中してテキパキと仕事を終わらせれば時間は早く過ぎていくと思ったのに。

「先輩、プリントし終わってますけど…」

そんな声が聞こえて振り返れば後輩が呆れた顔で私を見ている。ごめんっと慌ててプリントされた用紙を束ねれば後ろから急がなくて良いですよとしっかりとした敬語が聞こえてくる。仕事が始まるとしっかりする事は良い事だがいつもそうした態度をとって欲しいものだ、まったく。

「ねぇ、先輩…ねぇ」

こそこそと耳に顔を近づけてくる後輩に面倒くさい顔を貼り付けて返せば「ひどいっす」と半泣きだ。そんなデカいくせに乙女でどうする。

「んで何よいったい」

「…いや、彼氏とどうなんすか本当のとこ」

「なぜ内緒話をする普通に話せば良いでしょ」

誰もいないコピー室の中でコソコソ話をするように屈んで耳に顔を付ける馬鹿な後輩にそう言えば「雰囲気っすよ、雰囲気」たははと笑いと離れる。

「んで、どうなんすか?」

凄い好奇心たっぷりの目で見られているがそんな面白い話ではないのだ。まして私の部屋の中で異次元との交流が行われている事自体人前で言える事ではないのだから。

「昨日もラブラブでした。もう!だいたい人の事を心配してないで自分はどうなの?とっとと彼女作れ。話ぐらいは聞いてあげるから」

「えー、山田先輩こそ今度振られたら絶対婚期逃しますって」

なんだ失礼にも程があるぞコラ。自分でも分かってる事を畜生もろに言葉にしやがって。むしろ今付き合ってる人とは戸籍もないし結婚なんてできねーっつーのアホ。

「俺なら別に…空いてるっつーか、先輩なら大歓迎っつーか…先輩?」

私はコピー室を後にした。
途中に部長が喫煙室から出て一緒になったので「坂本が真面目に仕事をしないので減給で」と言ったら今流行りの変な驚き方をしたので対応に少し困ったが山田今日冷たいーで済んだ。

もうすぐ仕事が終わる。

定時に切り上げられるように今日は仕事を頑張った。とりあえず机の上を片付けて目の前の時計を見る。57.58.59…

「お疲れ様でーす」

「「早っ!!」」

周りにいる後輩や先輩、部長までもが反応したが知らぬふりをしてすぐさま部所を出てエレベーターを待てば息を切らした後輩が追いかけてきた。

「ほんと今日どうした坂本」

ガーと開いたエレベーターに乗り込みそのデカブツを見る。うっと押し黙る後輩がなにを考えているのか分からずに首を傾げていれば扉が開く。とりあえず今すぐに家に帰りたい私は足早にエレベーターを下りて会社の出入り口へ向かった。

「ちょっと待って、先輩っ」

お前の家逆じゃんと足を止めずにそのまま会社を出れば追いついた後輩が腕を掴んだ。

「は!?」

「俺、心配なんですって!」

それはありがたいけど腕!周りに見られていないか辺りを見回す。とりあえず朝の警備員さんは目を逸らしてくれている。あそこに立っている若い子は…ん?あれ、ああ、見てる。立って、こっちに来た。遠かったから分からなかったけど、あわわわ…あれは間違いなくうちに居候している白兵くんだ。

ああ、凄い怒っている。

「ん?誰?先輩弟なんていた?」

「弟じゃないから恋人だからっごめん坂本また明日ね!」

明らかに私の後輩を睨み切っている白兵くんの冷たい手をとって走った。

確かに握られたその手に向かえに来てくれたんだとにやけてしまう。寒々しいこの帰り道が彼と歩くとそこまで寒く感じないのだ。



(え?先輩…冗談でしょ、あんな年下…)
(comment*☆.)


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