■ ダダをこね始めた。
「帰りてぇ、帰りてぇ、帰りてぇ」
もう忍者とか全くこの世界では役に立たない職業みたいだし、ほんとこの部屋の中で静かに過ごしてろとかまじ俺を殺す気なのか!とカーペットの上でごろごろ転がり出す蝙蝠さん。
「ちょ、下に響くから止めてマジで」
まぁ、ここに来てから軽く二週間は経った気がする。しかも蝙蝠さんには外へ出るなと伝えてあるから尚更だろう。駄目と言っても勝手に外へ出た鳳凰さんに比べれば律儀に自宅待機している彼は実は良い人なのかもしれない。
「まー、確かになー。元の生活が恋しくなって来たなぁ」
「…私も元の世界に戻りたいですねぇ、ここでは好き勝手出来ないみたいですから」
川獺、喰鮫とそう口にする。
川獺くんはよく洗い物を手伝ってくれたり夢中になっているドラマの話で盛り上がったりなど仲良くなったりしたからそんな事を言われると少し切ない気持ちになる。
喰鮫さんは帰って欲しい、切実に。殺人の衝動を抑える為に渡しているプチプチはもう今日でどれくらいの枚数になっている事か。それに少しずつやつれている気がする。たまに死んでいるゴキブリは足が全てもがれている。多分犯人は十中八九喰鮫さんの仕業だ。楽しんだらゴミ箱に捨てて欲しいものだ。
「え、川獺くんも帰っちゃうの?」
「帰るさ!そりゃ寂しいけどさー」
「おいなんか川獺と俺対応違くね?花子のくせに生意気じゃね?とりあえずじゃがリコ買って来いよ」
「黙れ宇宙人」
いつもこの宇宙人が行う私への暴言を止めてくれる白鷺くんはソファーで私が買ってきてあげたアイマスクをして横になっている。あれをあげてからよく眠っている事が多い。以前、寝てる白鷺くんをちょいちょいっと突ついて起こして忍者は眠らなくても大丈夫なんじゃないの?と尋ねた事がある。彼曰く「?どけるれ寝もでついは俺」らしい。
「白鷺くーん、この宇宙人が煩いよー」
「………るて寝」
「起きてるじゃん!」
こんな会話ももう出来なくなるんだな。
「あんたらねー、子供じゃないんだからダダこねるんじゃないわよ。騒いで帰れる訳じゃないんだし」
「お、お母さん!」
買い出しに行っていた白兵くんと迷彩さんが帰ってきたみたいだ。拳をメキメキ鳴らしながら「誰が母さんだ」とこめかみをピクピクさせている。この自由な忍者軍団を諌めてくれていたのはこの人あってだ。いつもグラビア雑誌を観て息を荒くしているけれどなんだかんだで大好きなお姉さん。
「迷彩さんも帰りたい?」
「ま、そりゃね。あたしの所の子達も気になるし少し焦ってるさ」
そうなんだ…と少し肩を落とす。
「花子殿…」
ぽんと肩に手を置く白兵くんを見上げる。眉を下げてにこりと微笑む、やっぱり私と同じ風に白兵くんも寂しいと思っているのだろうか。
「大丈夫、拙者と二人きりになったら毎日楽しいでござるよ」
親指を立て「毎日、拙者の味噌汁を飲んでくれ」と言う白兵くん。どこでそんな知識を得てきたの?もう、うちの侍は寂しがり屋で困る。
「帰りたい帰りたい帰りたい!!このじゃがリコ食い終わったら帰りたい!!」
うおおお、と叫び出した蝙蝠を黙らせる為に立ち上がり彼を見れば少し光っている。
「ね、ねぇねぇねぇ、帰れそうだよ、ちょっと!」
そう皆を見れば、やはり蝙蝠さん以外も光っていて各自手を開いたり閉じだりして驚きを隠せないでいる。
「あっ…」
白鷺くんがアイマスクを上げ目が合うと同時に消えた。そして、川獺くんがバイバイしながら消え、喰鮫さんがなんだかんだで気に入っていたプチプチを手に持ちながら消えた。
「もう、ほんと消える時とか…急だよね」
私の声は彼らには届かない。
後ろから抱き締められた、胸の感触からして迷彩さんだ。回された彼女の手も光っている。
「急なんですよ、最初は同居人が増えて大変で生活費だって掛かるしどうしようって…だけど、だけど!」
そこまで口にした時に私の首に顔を埋められ耳元で囁かれた言葉でわたしの瞳に涙の膜が張る。
『花子、あたし等とあんたは違う世界の人間だから干渉し過ぎないようにしていたつもりだったけど…ここまで寂しく思えるようになるなんて思わなかったよ。』
そう言って離れる迷彩さんを振りかえって見れば、わたしにニコリと微笑んで…消えてしまった。
「……っ白兵くん!白兵くん!?」
わたしは慌てて周りを探す。彼まで消えてしまっているんじゃないか、そう酷く焦る自分がいた。
「白兵くん…」
「拙者はどこにも行かないでござるよ」
そう私をそっと抱き締めた貴方の温もりに涙を流した。
(はは、花子殿。痛いでござるよ)
(やだ、確かめてるの。本当にここにいるって…)
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