■ 本当に膝から。
さっきは本当に良いものが見れた。
高校生の時に東京江戸村に言った時に買った大きく『侍』と書かれた黒いTシャツを着ている白兵さんがアイスを食べているのを横目で見る。
震えている。美味しいのかな、美味しくて震えてるのかな、バニラしかなかったけど。
「美味しい?白兵さん」
「ぬ!…美味いでござる」
このような甘くてまろやかな舌触りの甘味は食べた事がない!と真顔で言われた。そりゃ、良かった。明日は服とか色々買い物に行きついでにお菓子買ってあげよう。この歳だし少しは貯金があるからな。
「白兵さん、不便なことがあったら言ってね」
そう私が告げるとパッと顔を上げた。
「花子殿!」
おお、大きな声だ!こんな大きな声も出せるんだな。クールなイメージしかなかったからちょっと意外…
バンッ!とバニラアイスの容器を机に置き、その侍Tシャツの男は前のめりに私の手を取った。
「拙者はいつ戻れるかも分からぬ身の上、宿を借りているのでござる。身元も分からぬ男を一つ屋根の下に置いて頂けるだけでとても有り難いのだ。充分過ぎる程の待遇の上にそのような事、」
思う訳がない!と強く言われてしまった。思わずじわりと涙が浮かんでしまった。何故かは分からない。目が潤んだ私を見て吃驚したのかす、すまぬ!と手を離した。
「驚かせた…ところで花子殿?失礼で無ければ歳をお伺いしたい」
来たか、この時が。
永遠の二十歳と言うべきか、本当の年齢を言うべきか。
「大きな声で言いたくないから耳かして」
ほにゃらららと自身の本当の年齢を伝えるとやはり歳上であったかと眉を下げられてしまった。
くそ、嘘つけばよかった。
「ヘコむんだけど…」
「いや、そういう訳ではっ…少しばかり上なだけではござらぬか。花子殿の御主人にもお礼を言わねば…」
「いないよ、結婚してない、私」
さっきよりも驚かれた。心が折れそうなんだが…分かるよ。だって周りはもう結婚ラッシュだもの。私だってできるものなら結婚したいさ、出来ないんだよ!貰ってくれないんだよ!誰も!
「驚いた…花子殿のような方がまだ独り身だとは…」
落ち込んでいるとそのような意味で意味で言ったのではないっと慌てて謝罪されたが、そこまで心配されると逆に笑いがこみ上げてしまう。
まぁ、昔は十四歳とかで嫁入りしていたんだもんね。驚くわそりゃ。
「大丈夫っ大丈夫!あんまり結婚とかって考えた事なかったし、この性格がね、あはは」
「…………そうでござるか」
沈黙の後、残ったアイスを食べる白兵さんは何か考えているようだが、歳の話はされたくないので違う話を切り出した。
「白兵さん、明日色々日常に必要な物買いに行こうね」
アイスを黙々と食べコクリと頷いた。
「花子殿、拙者に敬称は付けなくて良いでござる。これから何もかも世話になるのだから」
「いーえ、私は白兵くんが居てくれて嬉しいよ。一人暮らしは色々寂しいし」
「花子殿……侍もいないこの時代に剣だけが取り柄の拙者はもはや役立たず…拙者がこの時代におりたのが花子殿の元で良かった…」
と感動する言葉を述べ彼は立ち上がった。
「白兵くん?」
「厠に行って参る」
ニコリと初めての笑顔を魅せた白兵くんはドアをガチャリと開け、真っ白な光の中に消えて行った。
…って真っ白な光!?
「白兵くんっ!!」
「−−!?」
光に吸い込まれる白兵くんに手を伸ばしたが地べたに座っていた私がドアのぶを握る白兵くんに届く筈もなく地に落ちた。
驚いた顔で振り返る白兵くんは最後花子殿の後に何か言っていたみたいだった。
すっくと立ち上がりドアを開け閉めするが光が放たれる事はない。
「うそ…だろ?」
私の膝は地に崩れ落ちた。
手を着くとフローリングの冷たさが伝わってくるがそれどころではない。私の夢が一晩で終わってしまったのだ。
いや、白兵くんは帰りたかったのだからこれで良かったのかもしれない。私よがりな考えだった、本当はずっと居て欲しかったけれど一日で情が移ってしまった。
「白兵くん…」
一人残された部屋は、先程まで白兵くんが食べていたアイスの容器だけが残っていて、私はそれを掴みポイとゴミ箱に捨てた。
「……忘れよっ」
つらい、つらすぎる…
最後に一度だけで良いから、あの言葉を聞きたかった。
「…拙者に…ぐずっ…とき、とき…うわぁぁぁぁぁあん」
明日、明後日は休みだ。
寝て忘れよう。
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