■ 次のお願いは何ですか。
「今日はカレーがいい」
それが左右田さんのお願いだった。聞き返したがやはり聞き間違えではなかったみたいだ。たまねぎやジャガイモや人参を切る。そんなに左右田さんカレー好きなんだと思っていれば横にその人が立っていた。
「え?見てるだけ?」
そう野菜を切っている間見ているだけ、何だこの光景は。
玉ねぎが目に染みる。四人分を作っているのだ、それは大層な量になるのだが玉ねぎがツライ。ザクザクと涙を流しながら切っていれば横から笑う声が聞こえて背筋がゾッとした。
「まさか左右田さん…」
歪んだ視界で捉えた左右田さんはニヤニヤ笑っていてやっぱりと思った。
「姫の前ではMのくせに」
くそー、痛い目が痛い。
「いいな、泣き顔」
「やめい」
「もっと玉ねぎを刻め」
「やめいっ!!左右田さんがそんな人だとはおもわなかったよ!もっとドMな紳士かと思ってた、そんな左右田さんなんか嫌い」
嫌いと言ったのは私、左右田さんはさっきまでニヤニヤしていたのにパッと無表情になりうーんと考えるように顎に手を当てる。
「これが私なのだが」
そう考えにいきついた左右田さんは私を見るなり微笑んだ。ぎゃっ、そ、その顔で反則だ。動悸が収まらないじゃないか、やめて、それ以上近づいて来ないで。
「何を恥ずかしがる事がある」
「いや止めて下さいよ」
「私が"刀語"の中で一番好きだったんだろう、願いが叶って良かったではないか」
この人は頭が良い。本を見せたのは間違っていたかもしれないとこめかみを抑えた。まぁ、そうだ。初めて会った時に叫んで抱きつくぐらい好きだった。だけど今になっては違う。むしろ本当の左右田さんには変にドキドキさせられる。やめて欲しい本当。
「攻められるの好きじゃないんです」
そう顔を背ければ何も言葉にしない彼におかしいなとチラリ視線をやれば少し寂しげな表情をしていてどうしたらいいか分からなかった。え、私?私が悪いの?
「いや、分かってはいたんだ」
別に良かった、それでなんら支障はなかったのだがと言う。なんの事を言っているのか分からない。首を傾げれば仮面が外す彼に急いで目をつむった。
何でわたし目をつむったんだー、見ちゃえば良かっただろうが、今更目を開けれないし…
「私は姫様が全てだった、むしろ他の事などに関心など無かった。姫様が仰る事が全てなさる事が正しいと」
え、のろけ?
「目を開けて私を見てくれ」
「…−−!?」
「何故か花子殿には本当の私を見せても大丈夫だと思ってしまう。私はどうしたのだろうな、花子殿」
目を開ければ、その彼の素顔になぜかそれ程わたしは驚かなかった。別に大きな傷があるわけでもなく鳳凰さんと同じでもなく、それは紛れもなくこの家に一緒に暮らしている左右田さんであって一度も見たことはなかったけれど目に映る左右田さんはただの左右田さんだった。神様のイタズラこわい。
「意外と普通だろう?」
「普通ではないですけどね」
普通というのは的が外れた答えだ。やはり格好良かった、やはりこれを付けていて正解ですと着け直せば笑いが漏れる。
「ねぇ、左右田さん」
「ん?」
「さっきの質問ですけど、きっと病気なんですよ。帰ったらきっと直ぐに治りますってー、あははは」
そう言うと左右田さんは呆気にとられたような顔をしてこの部屋の時が数秒が止まった気がした。
「悪魔のような女だな」
「えー、じゃあ左右田さんはのっぺらぼうね」
(カレーの鼻をくすぐる匂いにつられてお腹が鳴った)
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