■ 覆水盆に返らず。




話は遡る事数日前。


「あははは、わたしトイレいきますわ」

酒瓶は転がり、既に錆は机に突っ伏し眠り鳳凰も一人で背を向けソファーで熟睡している。勿論、花子が話し掛けて応えてくれる人がいる筈もなく話し掛けているのは部屋に何故か置いてある熊の人形にだ。おかしい、おかしい程に酔っているこの女にはもう自分が何をしているかなど分かってはいなかった。


−−ガタン

「あっらあー?」

壁に手を付きながらその音の根源に迎えば洋装の男が頭を抑えバスタブに横たわっていた。

「ここは…」

辺りを見回して状況を直ぐにのみ込んだのか余裕の笑みを浮かべ、お前は誰だ?と述べた彼に花子は口をおっぴろげたまま立ち尽くした。

「誰だと聞いている」

「あ、あああああそ左右田右衛門左衛門さんじゃないですか、うわ夢じゃない夢であって欲しくない本物だ絶対本物」

「は?何故わたしの名前を…」

ペタペタ触る二十代半ばに差し掛かっているであろう女を怪訝に見れば非常に顔が赤い。それに酷く強い酒の臭い。

「酒臭い、寄るな」

「えええ、やっと会えたのにい、やだやだやだやだ絶対離れませんよ、むしろお嫁さんにして下さいお願いします」

何だこの女は何故わたしを知っている。それにやっととはどう言う事だ。その言い方は以前からわたしを知っているような口振りだが。ふむ、まぁここがわたしの居た時代ではない事は確かだろう。

「止めろ、仮面を取ろうとするな」

ペシリとその伸びる手を遮断すれば納得のいかない顔をされた。わたしが悪いのか、いや明らかにそっちに非があるだろうが。

「私を何故知っている。それにやっと、とは」

「うーん、説明すんのめんどくさい」

何だその態度は目を擦って立ち上がってどうするつもりだ?
その女の手はわたしの手を掴み、何処に向かうのか歩を進めた。少しすれば明かりのついた部屋に出る。そこに居たのは同郷の顔。真庭の忍に…錆白兵か。

「こやつ等もわたしと同じ時代の漂流者か」

どうやらここか拠点となっている様子、だが何故このように隙だらけなのだ。しかも明らかに熟睡しているではないか、起きる気配すらない。真庭の里の長と日本最強の剣士が呆れたものだ。

女は棚から一冊の書物を取り出しわたしへ差し出した。

「これを読んで下さい」

はいどうぞと潤んだ瞳で見上げる女は意外と、いやいや何でもない。パラパラと書物をめくれば見知った名前の数々に驚いた。ああ、そういう事か。いや、だが。

「ひとつ質問をしても良いか」

「あい」

「これは事実に基づいた事を書き記してあるのか」

「いえ、架空の物語。本当物分りが早くて素敵です、横顔も格好いいし」

架空の…か。

「この世界の過去から来たのでは無く、この文字によって作られた世界の中からこの世界に出てきた、わたし達はこの世界ではこの書物に書かれている架空の住人。と言う事か」

「ピンポンピンポーン」

まったく頭が悪そうな女だ。姫様の爪の垢を飲ませてやりたいものだな、いや、ただで飲ませるのも癪に障る。

「でもでも、ダメです。これ貴方達の未来結末まで書いてあるから没収です」

取られた。でもまあそういう事になる、書物に書かれているならばわたしが知らない事も事細かに書かれているのだろう。
まぁ、別に未来など知りたくもない。それが決められた結末ならわたしは受け入れよう。


「あの二人には過去って事にしてあるんです、だから内緒にして下さい。私と右衛門左衛門さんだけのヒ ミ ツ」

鳥肌が立った。この女をどうにかしてくれ、今すぐ後の二人を叩き起こしてこの女との二人きりの状況をどうにかしたいところだが…

「だから仮面を取ろうとするな」

またも仮面にさり気なく伸ばされた手を遮断すれば納得のいかない顔をされる。いや、わたしには別に非はない筈だ明らかにお前が悪いではないか女。

「えもやん」

「やめろ、気色悪い」

「えもんざえもん」

「却下だ」

「ええー、これから一つ屋根の下で一緒に暮らすのにその厚い壁は嫌です。まずはちゅうから始めましょう?そんな年じゃないけどドキドキしたいんですよわたしも」

ぺたりと引っ付いた身体。見上げる顔がどんどん近づいてくる。やはり性格で一歩引いていたが良く見ればそこまで悪くはない顔だ。それに身体つきも華奢なわりに中々だ。ちゅう?ああ、この世界では口吸いの事をちゅうと言うのかと心の中で納得する。まぁ、姫様に比べたら否定の対象だがまあ夜伽の相手ならば別に支障はないか。

「わたしに抱かれたいか」

「そりゃあもう、やばい鼻血でそう」
(comment*☆.)


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