一緒に酒を飲まないか

「なあ、1人?もし1人なら俺と飲まない?」

声がした方へ振り向けば、20代半ばくらいの男がこちらに顔を傾けていた。黒髪にゆるくパーマをかけてVネックのシャツにジーパンとシンプルな格好だが、こういう場所で声をかけてくるあたり"そういうの"が目的なんだろう。今日はそんな気分じゃないし、そもそも見た目も好みじゃないからお断りだ。

「ごめん、今日は1人で飲みたいから別の子探して?」

そう言って相手から視線を背け、お酒を煽る。「そうか、いきなり声かけて悪かったな」と言われて、俺の横から足音が遠ざかった。

場所柄、ワンナイトのパートナーを探すやつが多い。声をかけてOKを貰う=セックスまで、が暗黙のルールだ。だからこそ、変に絡んできたり、断ってるのになかなか引き下がらない奴も多い。

今回はすんなり引き下がってくれてよかった。そう安堵してトイレに立った。

男子トイレのドアを開けて個室のドアを開こうとしたところで誰かにグイッと引っ張られ、個室に押し込まれた。

「ちょっ、なに、っんん!」

え、なんで俺キスされてんの…。あまりにも突然すぎる出来事に、俺の頭はパニックを通り越してむしろ冷静だ。

「っ、やめ、っは、ぁんっ、ふ、んんっ!」

やめろ、と言おうと口を開いた瞬間にタイミングよく相手の舌が入り込んできた。やばい。このままだと最悪ここで食われる…っ。

俺は力の限り相手の体を突き飛ばした。

「ってえ…。なんだよ、せっかくキスしてたのに。」
「お、まえ…、さっきの…。」

トイレの個室だけあって相手との距離はほとんど取れない。それでも逃げるように体を最大限離して相手を見れば見覚えのある男が目の前にいた。こいつ、さっき俺に声をかけてきた奴だ…。

「っ、なんだよ。なんのつもりだよっ。」
「そんなに怒るなよ。ただ話がしたかっただけだ。」
「はあ?こんなとこ押し込んで勝手にキスして、それが通用すると思うか?」
「そうキャンキャン吠えるなって。」
「吠えてねえ!いきなりこんなことされて怒らない奴がいるかよ!…どけ、出る。」

ムカつく。いきなり個室に押し込まれて、俺が怒ってるのがおかしいみたいな言い方をされて、せっかくいい気分で飲んでたのが台無しだ。けれど、ここで怒っていても埒があかない。そう思った俺は一秒でも早くここを出ようと、相手を押し退けてドアを開こうとした。

「おっと、それはだめ。」
「は?」
「キス、まだし終わってない。」
「………は?」

キスし終わって、ない…?そもそも合意の上でのキスでもないのにし終わってないってどういうことだ?

「お前、頭おかしーんじゃねーの?」
「そんなことないよ。これでも一流企業のエリートだし、頭は悪くない。むしろ良い方だ。」
「いや、やっぱ頭おかしーわ。…俺まだ酒飲みたいし、あんたと話すつもりもないから。キスもしない。ほら、どけよ。」

こんな奴に付き合う時間が勿体無い。俺はグッと相手の体を押して個室のドアノブに手を掛けた。…はずだった。

「だから、まだだってば。」
「は?…って、ちょ…っ!!」

ぐいっと両腕を引っ張られ、個室のドアに体を押さえ込まれた。ガンッと大げさな音が響き、ドアにぶつけた頭がじわじわと痛む。

…それよりも。

「っ、はなせ、やめっ、ひっ」

体や腕をドアにピッタリとはりつけられ、首筋をつつつ、と舌先で舐められた。ぞわりと体が粟立ち、無理やり押し切ろうと腕に力を込める。が、悲しいかな俺よりも体格の良いこいつに敵うはずもなく、ぴちゃぴちゃと首筋を何度も舐め上げられた。

「や、あっ、…っは、ぅん…っ」

最初は気持ち悪いと思っていたのに…。だんだんと快楽に変わりはじめたソレは俺の声を甘くしていく。顔はタイプじゃないけど、攻め方は俺好み、かも…。

鎖骨あたりまで下がった舌が上へ上へと首筋を舐め上げ、かぷり、と耳たぶを食まれた。

「っあ、ンッ」

じくん、と股間に熱が集まる。一度意識してしまえばあっという間だ。俺の股間はみるみる膨らみ、気持ちいいと主張するようにズボンを押し上げた。

「…ここ、勃ってる。やっとその気になってくれた?」
「そんなんじゃ、ない…っ」

こんなの、生理現象だ…っ。

腕をひとまとめにされ、空いた手で股間をなぞられた。俺自身にダイレクトに伝わる刺激に思わず体が震える。このまま放置されたら辛いのは俺だ。それは分かってる。だからこそ続きを強請ってしまえば、この男の手のひらで転がされている気がして嫌なのだ。

精一杯の抵抗のつもりで離せよと言ってみたが、何もなかったかのように無視して話しかけられた。

「なあ、君名前は?」
「え…。」
「名前。教えてもらえないと君の名前呼べないじゃん。」
「…っ、腕、離したら、教える。」
「あー、それは無理。」
「っなんで!じゃあ俺も無理!」
「あっそ。なら無理矢理にでも言わせる。」
「へ?」

すっとんきょうな声が出た。そりゃそうだ。一流企業のエリートだと言っていたくせに話が全く通じない。それよりもカチャカチャと俺のベルトを外す音さえ聞こえてくる。

「ちょ、なにすんだっ、やめっ」
「名前を教えてくれないって言うから、直接体に聞こうと思って。」

ずるり、と俺のズボンとパンツを下ろす。途端に元気よく飛び出してきた俺自身に、自分のモノながら呆れてしまった。この状況で元気であり続けるなんて…。いいから早く萎えてくれ。そう願ってみたけれど、俺の意思など御構い無しに起立し続けたままだった。

「選ばせてやるよ。手と口、どっちがいい?」
「っ、どっちも嫌だ!」
「だめ、どっちか。」
「だからどっちも嫌だって…!いい加減離せよ…っひあっ、くそ、さわん、なっ!」
「…さっきも思ったけど君さあ、良い声で鳴くよね。」
「はあ?」
「もっと聞かせてよ。その可愛い声。」

そう言って目の前の男は前かがみになり、真上を向いて猛り切った俺のモノを咥え込んだ。

「ンンッ、や、あっ…っ、ひああっ!」

ぬるぬると生暖かい舌が鈴口や裏筋を舐め、口全体で俺自身を吸い上げながら上下に動かされる。その辺の女の子よりも数倍上手い。首筋を攻められた時も思ったけど、こいつの攻め方、俺の弱いところを的確に突いてきてやばい。

ーじゅるっ、じゅううっ

「っふ、ああっん、や、っやあ…んっ」
「んっ、なまえ、いうきになった?」
「っば、か…くわえ、たまま…っしゃべん、なっ、あっ」

口とは思えないほど長いストロークにぞわぞわと快楽の波がやってくる。ほんとにだめだ。何もかもどうでも良くなるくらい、気持ちいい。

「や、め…っ、あンッ、は、ンンーッ」
「はやく、なまえ」
「っ、おしえ、な、っああッ!や、はげしっ、く、うっ!」

名前を催促されて教えないと答えるといきなりストロークが早くなった。じゅぼじゅぼ音を立てながら激しく責め立てられ、気を抜いたらすぐにイってしまいそうだ。どうにか快楽を体の外へ逃がそうと、耐えるように目をきつく閉じた。

けれど、それも長くは続かない。もともとイきやすい俺の体は強い快楽に耐えられるようにはできてないのだ。

「なまえ」
「っわかった、いう、っ、いうから、あっ…や、あっ、くち、と、めろ…っ!」
「いったら、とめる」
「そ、な…っあ、も、…っ、でちゃ…ああッ」

この状況でイくのは耐えられなくて相手の要求を飲むことを承諾したが、刺激は止まなかった。快楽から逃れたくて意味もなくいやいやと頭を左右に振る。本当にもう、でちゃう。

「ほら、なまえ。」
「ひっ、ああっ、…っ、な、つ…なつって、なまえ…っ、も、くち、はなせ、って、ぇ…っ!」
「ん、わかった…。」

ーぐぢゅっ、じゅるるっ

「ひっ、あーッ!や、だ、め…っ、でちゃ、…っイ、く…も、イ、くうぅーッ!」

いつの間にか拘束されていた腕は解かれていて、俺はこいつの頭を抱えるように両手を添えながら果てた。射精のだるさとスッキリとした気持ちが体の中を行き交う。まだズボンを履けるほどの元気はなく、下半身を曝け出しながら荒い息を吐いた。

男はくるりと後ろを向いて便器を開くと、俺が口の中に放った精液を便器に向かって吐き出した。そしてまた俺の方を向いて、ニコニコとやけにいい笑顔で見つめてくる。

「俺のフェラ、気持ちよかった?」

そう言って、口から舌を出してちろちろと動かした。…正直に言えば、めちゃくちゃ気持ちよかった。不本意だけど体の相性は良さそうだし、顔が好みじゃないことを除けば流されてもいいかな、とか、思ってみたり…。

そう思ってちらりと相手の顔を見やれば、目があった!と喜んでいる。終始相手のペースだし、何度もどうだった?と迫ってくるのはうざい。けど、だんだん尻尾を振りまくる子犬に見えてきて、邪険に扱うと罪悪感にかられる気がする。

…くそっ。

「ねえ、どうだった?」
「…っ、…か、った…。」
「なに?」
「……っよ、かった…。」

言った後に、じわじわと顔に熱が集まる。きっと今、茹で蛸のように顔が真っ赤だ。それが恥ずかしくてそっぽを向いたら、顎を掴まれて正面を向かされた。切れ長の二重をセクシーに細めた真剣な顔が目前いっぱいに広がる。あ、と思った時には遅く、暖かく柔らかな唇が俺のソレに合わせられた。

「んふ、…っ、ぁ、んっ」
「……なつ、口開けて…」
「っ、え…っはんんっ、ぁ、やっ、ンンーッ」

名前を呼ばれて俺が驚いた隙をついて相手の舌が滑り込んでくる。口の中に一気に青臭さが流れ込んできて、それが自分の吐き出した物の名残だと気付いた。不味い。不味いのに、ねっとりと絡められる舌が気持ちいい。上顎をなぞられ、舌を吸われ、背筋がゾクゾクと震える。

「ふぁ、ンンッ…っ、は、ぁっ、んっ」

口から与えられる刺激が頭の中で快楽に変わり、俺の思考はどんどんぼやけていく。空気まで奪われるように好き勝手口腔内を貪られて、頭も腰も限界だった。

「ん、んっ…は、んむっ、んっぁ…っふ、はっ」

もう、だめだ…。そう思った時には既に視界がぐらりと揺れていた。スローモーションのように周りの景色がゆっくりと動き、トイレの床に尻をぶつけたら痛そうだ、なんて馬鹿なことをぼんやり考える。と、既の所でぐいっと体を抱き寄せられた。

「おっと…、ちょっとやりすぎちゃったか…。」
「っは、…っ、ふ…っ、は…っ」

やりすぎちゃった、なんて可愛いもんじゃない。酸素不足で頭はクラクラだし体にも力が入らなくて暫く動ける気がしない。俺は段々と考えるのも億劫になって思考を止めた。とりあえず、呼吸だけでもどうにか落ち着かせよう。そう思って酸素を吸い込んでいると、唐突に声をかけられた。

「なあ、やっぱさ、一緒に酒飲まない?」

…ここまできたら、もうどうにでもなれだ。聞き慣れた誘い文句にこくりと頷くと、体を預けて瞼を閉じた。

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