「失礼します」という文次郎の声がして、障子が開く。「また鍛錬で怪我でもしたの?」といつもの小言を言いながら文次郎を見ると、何かを抱えている。よくみれば人じゃないか。

「それ!抱えてるの!人じゃないのかい!?」
「ああ、そうだ」
「そうだって!一体どうしたって言うんだい!?」
「細かい事は後だこいつの怪我を見てやってくれ」

文次郎はそう言って抱えていた人をそっと下ろす。それは、僕らと同じか少し幼いくらいの女の子だった。でも、見たこともないような着物を着ている。
文次郎がどういう経緯でこの子を連れてきたのか気になるが、怪我の治療が最優先だ。

きょろきょろと周りを見渡し、なんだか気まずそうな彼女の顔にそっと手を触れ、「早く手当しないとね。」と言った

「大丈夫だよ。ちょと見せてくれるかな?」
「は、はい」
「この顔の傷、どうしたの?」
「え、と、知らない男に刃物でやられちゃって…」
「なんだって!女の子にそんな事するなんて酷いね!」

酷い話もあるものだ。年頃の女の子の顔を刃物で傷つけるだなんて!僕が「ぜったいに傷が残らないようにしないと!」と力んで言うと彼女は「はぁ」呆気にとられたようにと返事をした。
他にも擦りむいた膝小僧を消毒て、ガーゼや包帯を施していく。
それを隣で見ていた文次郎から、いきなり矢羽音が飛んできた。

『伊作、こいつは裏裏山で山賊に襲われていた所を助けた。ただ、その後何故そんな所にいたかと聞いても意味不明なことしか言わん。』
『それで?』
『一見貧弱な小娘だが気をつけろ。もしかしたら何処かの間者かもしれん』

そう言って文次郎は「先生の所へ行ってくる。後は頼んだ」と出て行った。
僕自身は彼女が間者とは思えないんだけど、文次郎が疑うなら仕方ない。治療をしながらいろいろ探って行こう。

「あと、どこか痛いとこある?」
「えっと、あと足くじいたみたいで」
「じゃあちょっと見るね」

彼女足に手をかけ、ゆっくり変な履物と足袋を脱がせる。怪我に触らないように気をつけたのだが、痛かったらしく彼女が小さく声を漏らした。

「っ…た…」
「わあ、酷い。すごく腫れてる!!」

真っ赤に腫れた足首は、見ているこちらが痛くなるほどだった。
今まで痛かったろうにと聞けば、「痛がる暇もなくて…」と彼女は困ったように言った。相当機が動転していたか、痛みに耐性があるのか。

「そっかぁ。折れてはないみたいだけど…、これは暫く歩けないかもね」
「えっ」


とりあえず、丁寧に薬を塗ってガーゼをはる。そして「痛いかもだけどちょっと我慢してね」と言って包帯を巻く。

「たっーーー!!」
「ごめんね!なるべく痛くないようにとは思ってるんだけど」
「っだ、だいじょうぶ、です!」

包帯を締めるたびに「いっ!」と涙目になりながら呻く彼女は痛みに耐性があるようには見えない。巻き終わった後は、ぐったりとしていた。

「よくがんばたっね〜」と包帯を片付けながら彼女の身体全体を確認する。
細い、というわけでもないが、筋肉も少なそうだ。さっき見た足も、そこいらの町娘よりも貧弱なんじゃないかと思うほど。とてもくノ一や間者の身体ではない。

それよりも、僕は気になることがあった。

「にしても、君の足袋と履物すごく変わってるね。着物もだけど…」

そう、彼女の格好だ。
着物も足袋も履物も見たことがない。
「南蛮のもの?」と聞くと、「南蛮?」と彼女は首をかしげた。

「いや、南蛮っていうか、普通じゃないですか?こんなの。どっちかっていうと…」

彼女が突然何か考え始めたのか、話すのが止まる。どうしたんだろうと、思うと直ぐに気まずそうに「いえ、なんでも」と口をつぐんだ。

「入るぞ」

声がして障子が開く。文次郎だ。その隣には土井先生がいる。
そして土井先生が彼女前へ行き、かがんで、こりと笑った。

土井先生と彼女が自己紹介をしている。その間に文次郎に矢羽音をとばす。

『文次郎、彼女はやっぱり間者には思えないよ貧弱すぎる』
『そうか』
『でも、何かあるみたい』
『なに?』
『それはわからないけど、彼女何か考え込んでた』

そうしてるうちに土井先生が「なまえさんの事教えてくれませんか?」と聞いた。彼女はなづいて話し出す。

気づけば裏裏山にいて、とりあえずどうにか家に帰ろうと山を彷徨っていた所、山賊に襲われ、そこを文次郎が助けたらしい。

彼女を見る限り、嘘はついていない。いないが何かを隠している。しかし、僕には彼女が隠しているものが、彼女が間者だとか、くノ一だとかそういう事ではなく、もっと次元の違う事のように思えた。


「怪我もしてるようだし、今日のところはここでゆっくり休みなさい。明日からの事はまた明日話そう」
「はい」
「伊作と文次郎は今日はこの子のそばにいてくれるかい?」

土井先生が僕と文次郎に聞く。土井先生はさっきの僕と文次郎の矢羽音を聞いていただろうし、これはきっと監視をしろということだろう。「はい」とうなづく。

「それじゃあ後は二人に任せるよ」

「わからない事があったらなんでもこの2人に聞くんだよ」と彼女に、そして矢羽音で『異変があればすぐに知らせるように』と僕達に言って土井先生は出ていった。


「なまえちゃん、だよね。僕は善法寺伊作。よろしくね」
「善法寺さん、ですか」
「それからこっちが、ほら、文次郎、君が助けたんだから自己紹介くらいしなよ!」
「あ、ああ、俺は潮江文次郎だ。よろしく」
「善法寺さんと、潮江さん、ですね。えっと、知ってると思いますが私はみょうじなまえです。いろいろすみません、それからありがとうございます」
「ううん、良いんだよ。なまえちゃんは怪我してるんだから、ゆっくり休んで!」

「ね?」と彼女、なまえちゃんに言うと、さっきまで引きつっていた頬がゆるりと緩んだ。