私はデブではないと思っているが、痩せてて細いかと言われれば自身を持ってNoだ。
それなのに、けっして軽いとは言えない私の身体を抱えて走り、とてつもない跳躍力を見せ 、全く息をみださないこの男はいったい何なんだ。というか私は今からどこへつれて……

「ほわぁああぁあ」
「煩い!」

情けない声を出すと男が怒る。
しかし、許して欲しい、抱えられたまま走られるのはまだしも、あろう事か男は私を抱えたまま木から気へと飛び移り移動してゆくのだ。地面からは遠く離れて、もしも落ちたらと考えると、ゾッとする。
なに、どうなってんのこいつの体力。人間じゃなくないですか?
「ひぃいい」と情けない声をあげながら、私は男の背中に顔をくっつけてしがみついた。

「着いたぞ」

男がそう言った時には、私がすっかり男にしがみつく体力もなくなり、ぐったりと担がれているだけだった。

「はい…」
「このままお前を医務室に連れて行く」
「医務室?」
「ああ」

そのまま男はずんずんと進んで行く。周りを見渡すと、どうやら門をくぐって、建物が密集する場所に来たようだ。しかし、ずいぶんと古風な建物だ。
男が立ち止まり、障子を開けるような音がする。

「失礼します。伊作、いるか?」
「文次郎?また鍛錬で怪我…ってそれ!抱えてるの!人じゃないのかい!?」
「ああ、そうだ」
「そうだって!一体どうしたって言うんだい!?」
「細かい事は後だこいつの怪我を見てやってくれ」

そう言って男は私をそっと床におろした。されるがままに、私はそこに座り込む。
目の前にはさっきまで私を担いでいた男ともう一人の男が。
私を運んだ男はいつの間にか顔を隠していた布を取っていて、やっと目以外のところが見えた。なんだかイカツくて年上っぽい。医務室に居た方は明るい茶髪で、なんだかとっても人が良さそうだ。この人も緑色の着物のようなものを着ている。
先ほどの会話からすると、明るい髪の男が「いさく」で、私を運んだ男が「もんじろう」だろうか。

何か言わないといけないかな、と思ったその時、いさく、さんが私の顔にそっと手を触れた。

「早く手当しないとね。大丈夫だよ。ちょと見せてくれるかな?」
「は、はい」

私は何をどうすればいいのかわからず、とりあえずされるがままに座っているだけ。なんだかすこし緊張もしている。そんな私にいさくさんは優しく話しかけてきた。

「この顔の傷、どうしたの?」
「え、と、知らない男に刃物でやられちゃって…」
「なんだって!女の子にそんな事するなんて酷いね!ぜったいに傷が残らないようにしないと!」
「は、はあ…」

いさくさんはテキパキと私の顔の傷や、転んで擦りむいた膝小僧を消毒して、ガーゼや包帯を施していく。
それを隣で見ていたもんじろうさんが「先生の所へ行ってくる。後は頼んだ」と障子開ける。いさくさんは一瞬手を止めて 「わかったよ」と送り出し、また手当を続けた。


「あと、どこか痛いとこある?」
「えっと、あと足くじいたみたいで」
「じゃあちょっと見るね」

私の足に手をかけ、ゆっくりとローファーとソックスが脱がせる。それだけで足に激痛が走り、思わず息をのむ。

「っ…た…」
「わあ、酷い。すごく腫れてる!!よく今まで我慢してたね」
「なんか、痛がる暇もなくて…」
「そっかぁ。折れてはないみたいだけど…、これは暫く歩けないかもね」
「えっ」

私の足に丁寧に薬を塗っていくいさくさんに「暫く歩けないの?じゃあ私どうすれば良いんですか?家に何も連絡してないから早くかえらないと」と聞こうとしたら、その前にいさくさんが「痛いかもだけどちょっと我慢してね」と言った。その瞬間、ズキンと痛みが走る。

「たっーーー!!」
「ごめんね!なるべく痛くないようにとは思ってるんだけど」
「っだ、だいじょうぶ、です!」


いさくさんが丁寧に包帯を巻いて行く。丁寧だが、緩む包帯をキュッと締めるびに情けない声が出る。巻き終わった後は、私はここに着いた時以上にぐったりしていた。

「よくがんばったね〜」といさくさんが包帯を片付けながら言う。
いやあどうも、頑張りましたよ私。泣かなかったよ!

「にしても、君の足袋と履物すごく変わってるね。着物もだけど…」

南蛮のもの?といさくさんが聞いてくる。え?南蛮?

「いや、南蛮っていうか、普通じゃないですか?こんなの。どっちかっていうと…」

「いさくさん達の格好のほうが変わってますよ」と言いかけた時ある事が頭に浮かんだ。
ここで会った人達はみんな着物だし、私の格好を変だという。この建物も、まるで時代劇に出てくるもののようだ。
もしかしたら、私、昔の日本にタイムスリップした?普通だったらありえない考えだけども、そもそも階段から落ちたと思ったら川に落ちたのだ。タイムスリップくらいあっても不思議じゃないかもしれない。
そういえば、少し前に、階段から落ちた医者が幕末の江戸にタイムスリップするというドラマがあった。じゃあ、ここは幕末……?

いさくさんがポカンとしている。
私は何だか気まずくて「いえ、なんでも」と口をつぐんだ。