「文次郎君。ちょっと頼みたい事があるんだけど」

夜、みょうじが俺の部屋にやってきて、そう言った。何だと尋ねれば、ちらりと仙蔵を見たから、多分他のやつには聞かれたくない内容なんだろう。
外にでて、2人きりになり、改めて何の用かとみょうじに尋ねると、一度警戒するようにキョロキョロ周りを見渡して、そして「あのさ」と口を開いた。

「私を、あの時助けてくれた場所に連れてって欲しい」
「はあ、また何でだ?」

訝しげに思い、尋ねればみょうじは「いやぁ」と頬をかきながら「元の世界に帰る手がかりを探さないとな、って」と言う。それを聞いて、そういえばコイツは異世界から来たんだったと思い出した。

「……帰る、手がかり……」
「うん。やっぱさ、待ってても何にも変わりそうにないし、ちょっとでも元の世界への手がかりを手に入れたいっていうかさ」
「まあ、いいが」
「ほんと?じゃあいつがいいかな、文次郎君が暇な時でいいんだけど」
「別に何時でも。何なら明日の放課後でも構わんぞ。こういう事は早い方がいいだろう」
「そうだね、ありがとう」

じゃあ明日の放課後よろしく。と言ってみょうじは部屋へ戻って行った。
俺はしばらくその場で突っ立って、みょうじの"元の世界"とやらを想像してみたが、さっぱりわからなかった。


* * *


「このへんか」


放課後、みょうじをおぶって、あの日こいつを助けた場所へとやってきた。
なぜおぶっているのかと言うと、ちんたら歩いていると日がくれてしまうからで、みょうじは最初おぶられるのを嫌がっていたが、そう言うと大人しくなって俺の背中に乗った。


「なんかあるか?」

俺の背中でさっきから黙っているみょうじにそう問いかけるが、なにも無いようで「いや…」と弱々しく言った。しかし、すぐに何か思いついたように、「そうだこの辺に池ない?」と聞いてくる。

池か、確かあったはずだ、とそこへ向かって数十分歩けば、開けた場所にでて、池が現れた。

「ここ」
「あ?」
「私が本当に一番最初にきたのここなんだ!気づいたら池に落ちてた」


そう声をはずませ、俺の背中から降りて池に駆け寄るみょうじ。池の淵に座り、まじまじと水面を見つめる。しばらくそうしていたが、すぐに見るからにしゅんとして「やっぱなんにもないなぁ……」と言った。


「まあ、そうそう簡単に見つかるもんでもないだろう」
「んー、そうだけどさ」

みょうじがちゃぽんと池に腕をつけてかき回し、ぼそりとつぶやいた。

「落ちたら帰れるかな?」

思わず「はあ?」と言ってしまう。

「だって、私階段から落ちたとおもったらこの池に落ちてたんだもん。もしかしたら逆もあるかも」
「お前なぁ」
「単純な考えかもしれないけどさあ」
「みょうじ、お前……」


ガサリ、草むらが音を立てて揺れた。
みょうじがびくりと肩を揺らして身構えるのがわかった。
山賊だと思っているのだろうか。まあその可能性も否めない。
俺もその音がしたほうを方を警戒し、みょうじを自分の後ろにやる。すると、みょうじはぎゅっと俺の袖を握る。かすかに震えているから、どうやら怖がっているようだ。

ガサガサ、ガサガサ。どんどんと音はが大きくなり、近づいてくる。
相手は本当に山賊か、もしくは熊や狼などの獣の可能性もある。どちらにせよ危ない事には変わりないので、じっと音のする方をにらみ、クナイを忍ばせてある懐に手をやったその時。ガサとひときわ大きな音がして、草むらからにゅっと手が出て来る。その手に「ん?」と気を取られていると次いですぐにその手の主が姿を現した。


「あれ、潮江先輩。こんなところで何をしてるんですか?それに新しい事務のお姉さんのなまえさんも」
「左門……、それは俺のセリフだ」

手の主、それは忍たまの三年であり、自分が委員長を務める会計委員会のメンバーでもある神崎左門であった。
みょうじも忍たまだとわかり安心したようで、俺の装束から手を放した。


「いや、食堂に行こうとしたのですが、なかなかたどり着けなくて。それに作兵衛も見当たらないんです」
「お前は相変わらず……」


左門の方向音痴っぷりに思わずため息が出る。
そして後ろではわけがわからないというように「ん?ん?」と首をかしげているみょうじ。

「こいつ、神崎左門は決断力のある方向音痴でな」
「決断力のある方向音痴ぃ?」
「進退は疑うことなかれ、です!」
「疑えとは言っていない。お前はもう少し考えろ。」
「はぁ」
「とりあえず……」
「作兵衛ー!左門ー!どこ行っちまったんだー!?」


はぁ、だめだ、ため息どころか頭も痛くなってきた。