ある日、「潮江先輩が変な女を学園に連れてきた」という噂を聞いた。しかし「まさか、あの潮江先輩が?そんなわけ」と気にしていなかったのだが、その後女と食堂の前で出くわした。

とくに美人でも何でもなく、なんの変哲もない弱そうな女。俺や雷蔵、ハチに兵助が少し探るように見つめればおどおどし、泣きそうな顔をしたかと思えば「今度事務員になるからよろしく」とヘラヘラ笑う、妙な女。どうしてまた潮江先輩はこんなのを?と思ったが、わからず、まあ先生がたが気にして居ないなら良いのだろう、と俺たち五年の中で話しはついて、さして気にする事もなかった。

数日たって、急に全校生徒を集めた集会があった。また学園長先生の突然の思いつきか、と思ったが違って、新しい事務員の紹介のための物だった。
前の台にあの時の女が上がり、緊張した様子で拙い自己紹介をする。名前はみょうじなまえ。
自己紹介が終わり頭を下げ女が台から降りると、学園長先生が最後に「なお、なまえは忍者とは程遠い一般人なので、無茶な事はしないこと!」といって短い集会は終わった。
たしかに、くノ一や間者には見えないのだが、何せん彼女の素性は名前しか分かっていない。怪しい。そして何だか私は彼女に興味がわいたのだった。

暇になればなまえに着いて、怪しい行動をしていないかチェックする。まあしかしそんな事もなく、また数日が過ぎた。

ある日外での実習が終わり、五年の長屋に戻ると、先に戻っていた4人が和気あいあいとなまえと喋っていた。私は咄嗟に隠れる。
なぜあいつらがあの人と話しているのだろうか。というかいつの間にあんなに仲良さげになっているのか。そんな事を考えながら、話に聞き耳を立てていると、どうも私の事を話しているらしい。ハチや勘ちゃんが「三郎の顔は雷蔵の顔で」とか「三郎は変装の名人で」とか、ペラペラと私の事を話している。よくわからない奴に人の情報を話すなよ、と私は少し呆れた。
さて、私はこれからどうすべきか。何も聞いてない、今来ましたという風にあの中に入るか、このままなまえがいなくなるまで隠れているか…、と考えていると、なまえが「って、私仕事の途中だったんだ!六年生の所にいかないと!」と言ったのが聞こえた。それを聞いて、"いいこと"が思い浮かぶ。私は早速、それをするためにその場から離れた。


六年生の長屋の方へ行けば、キョロキョロと周りを見渡すなまえがいた。六年生を探しているのだろうが、六年生は野外での実習中で帰ってくるのは夜になるはずで、そこには誰一人として居ない。
私は潮江先輩に完璧に変装し、首をかしげているなまえに気配を消して近づき、真後ろに立った。それに全く気づかずくるりと踵を返したなまえが私の胸に顔をぶつける。「わぶっ!」と変な声を出すからつい笑そうになる。一瞬驚いたふうな顔をしたなまえだったが、まんまと私の変装に騙され笑う。しかし、なまえとそのまま話していると、ふとなまえが不思議そうな顔をした。何故かと聞けば私が苗字ではなく名前で呼んだかららしい。六年生はみんななまえを下の名で呼んでいると思ったがどうやら潮江先輩は違ったようだ。もしかしたら潮江先輩はこいつに距離を置いているのかもしれない。
なまえが「文次郎君じゃないの?」と遠慮がちに尋ねる。

「さ、三郎君だったり、して…?」
「……」
「なわけないか!」

はははと笑うなまえに、私はニコリと笑って潮江先輩の声色をやめ、自分の声で「そうだよ」と言った。顔の変装をとり「私が何で潮江先輩に化けてたか教えてあげようか」と笑う。

「え?あ、はい」
「貴女の正体を調べるため」
「え?あ、っい!」

この状況を把握しきれていないなまえを壁際に追い詰め、「そうやって、受身もとれないフリか?」「六年生にはどうやって近づいた?」と質問を繰り返していると、「なまえちゃーん」と勘右衛門の声が聞こえた。その方を振り向けば、さっきの勘ちゃんに兵助、八ちゃんと雷蔵がギョッとした顔をして立っていた。すぐさま4人は凄い勢いと剣幕で私からなまえを引き剥がし「なにしてんだよ!」と八ちゃんに怒られるが、私が「しかし思わないか」となまえに対する不審な点をあげていくと、みんな口ごもる。それでも違うと言うなまえに「なら、違うと言う証拠を出してくれよ」と言えば「そんなに疑うなら三郎君が私が間者だっていう証拠を見つければいいんだよ!」なんて言い出す。
ああ面白い。

「必ず証明してやろうじゃないか」
「おうよ!」


次の日の朝から私はなまえについて回り、事務室で仕事をこなすなまえをジッと観察して時折「まだ吐かないのか?」「ボロが出ないように必死なんじゃないか?」と問いただすが、なまえは笑って「出ないから」と笑うのだった。
そして昼になり、ランチを食べに食堂へと向かう途中、なまえが落とし穴へ落ちた。ちゃんと目印もあるのに、何て間抜けなやつだ。
さして深くもない穴から自力で這い上がり、服についた土をパンパンとはらい落すなまえに何となく、「それもフリか?」と「落とし穴にも気付かないっていう」とそう尋ねると、なまえは少し顔をしかめたと思ったらすぐ笑って「ちがうよ」と言う。さっきまでは私が何を言っても半ば呆れるようにではあったが、本当に笑っていたのに、今の笑はあからさまな作り笑で、そして少し悲しそうで、なんだかつっかかる。私は気になって「どうしたんだ?」と聞こうとしたが、なまえは「いこ、お腹すいちゃった」と笑って食堂へと促すから、私は口を閉じた。

食堂ではちょうど一緒に居合わせた雷蔵、勘ちゃん、兵助とハチと一緒に昼食をとる事になった。
ランチを口に運びながらにこやかに「三郎君が朝からずーっとついて回ってうざいからどうにかしてくれないかな〜」なんて笑いながらと雷蔵に話すなまえの笑顔は、さっきと違って本物の笑顔だった。
そして、私はこれ以上授業をサボるなと雷蔵に怒られ、ランチを食べ終えたあとは勘ちゃんとハチに無理やり教室へと連れ去られた。
そんな私をみてケラケラ笑い、手を振るなまえの笑顔も、やっぱり本物だった。


夜になり、同室の雷蔵がもう遅いからと先に布団に入る。私も特にする事もないので横になったが、眠れない。昼のなまえの作り笑が頭にチラついて、気になって仕方がなかった。
気晴らしに散歩でもするかとそっととなりで眠る雷蔵を起こさないよう布団を抜け、外へ出る。
フラフラと当てもなく庭をうろつき、六年生の長屋の近くを通りすぎようとした時、何かの気配を感じた。その気配を探ろうと耳をすませば、声が聞こえた。こんな時間に誰が?と気になりそっとその方へと近づけば、そこにはこんな真夜中だというのに忍装束のままの潮江先輩と、寝間着姿のなまえがいた。
潮江先輩がなまえの腕を掴み、そしてなまえがその手から逃げようともがいている。やはり潮江先輩もなまえを怪しいと思っていたのだろう。潮江先輩がなまえに「何を隠しているのか話せ」と問いただしている。なまえは「 隠していない」「言ったて信じてくれない」「言っても頭がおかしいと思う」と言ってもがいているが、潮江先輩に問い詰められ、諦めたのかポツリポツリと話し出した。
そしてそれは、とても信じられるようなものではなかった。

私は遠い未来から、異世界から来たのだと、でもそんなことを言っても信じてくれるはずないと、だから、自分が怪しいヤツだと思われるのは仕方ない。疑われて当たりまえだとなまえはポロポロ涙をこぼしながら言う。

普通ならば馬鹿げていて、誰が信じるかと言うような話しだ。しかし、「帰りたい。私の世界に帰りたい」と顔を歪めて泣きじゃくるなまえを見て、私はそうは思えなかった。
潮江先輩もそうなのだろう。何も言わずに泣き続けるなまえに胸を貸しているのだから。

私はいたたまれない気持ちで、そっとその場をあとにした。

自分の部屋に戻って、考える。
なまえは本当に異世界から来たのか。でもあの涙は嘘には見えなかった。本当に悲しそうで、苦しそうだった。
そして自分のした事を考える。面白半分でいじるようになまえに間者ではないのか、早く吐いたらどうか、と言った。それになまえは傷ついていたのだろうか。そして疑われても仕方ないと諦めていたのだろうか。あの時の悲しそうな作り笑いは、きっと、

「私は最低かもしれない…」

明日、謝ろう。
そしてもう疑わないと、仲良くしてくれと、そう言えばなまえはどうするだろうか。
私が興味を惹かれたあの笑顔を見せてくれるのだろうか。見せてくれたら良いのだけど。
そう思いながら布団にもぐった。

朝になった途端私は布団から飛び起きて、着替えて、六年生の長屋へと向かった。すると、すぐに井戸で顔を洗うなまえを見つけ、「おい」と背後から声をかける。びっくりしたのか跳ねるなまえは背を向けたまま「そ、その声は、三郎君…?」と尋ねた。そうだと答えて、何でこっちを向かないのかと聞けば、顔が酷いからと言う。
たしかに、あれだけ泣けば、相当う目が腫れるかもしれない。しかし私はだからと言ってこのまま帰るのもな、と思い、一方近づいてそして「悪かった」と言った。
「は?」と驚いたように振り向くなまえに、再度謝る。

「その、今まで疑って悪かった」
「は!?」
「だからこれからはよろしくしてくれ」
「う、うう、うん…」

微妙な顔でこくこくと頷くなまえ。やはりいきなり虫が良すぎただろうかと聞けば、そうじゃなくていきなりのでびっくりしたんだとなまえが言う。そして、「私は三郎君と仲良くしたいし!だからとっても嬉しいよ!」とにこりと笑ってそう言った。それにつられ、私も顔が緩む。

「じゃあ、仲良くしよう」
「うん」

にこにこ笑うなまえの頭をポンポンと撫でて「じゃあ」とその場をあとにする。
そして自分の部屋に戻って、良かったとため息をついた。

「三郎、今日は早かったんだね。ていうか、嬉しそうな顔して何かあったの?」
「いや、べつにな」


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文次郎はあの夜に誰かが居た気配は何と無く感じてて、なまえから「三郎君と仲直りしたんだよ」って聞いて、あの時の気配は三郎で、あいつも聞いてたのかって気づくのでした。