「目が、おもい、」

鏡が無いからどうなってるかわからないけど、今の私はだいぶ酷い顔をしてるんじゃないだろうか。
昨日はすごい泣いたもんなぁ、あんなに泣いたの、いつぶりだろう。文次郎君もよく付き合ってくれたよなあ、申し訳ない。しかも、私ったらいつの間にか寝ちゃって、自分の部屋の布団で寝てるし。という事は、文次郎君がわざわざ部屋に運んでくれたのか。うわぁ申し訳ない。あとで謝らないと。と思いながら、ふらふらと井戸に向かい、バシャリと冷たい水を顔にかける。何だか目の重さが少しマシになった気がした。
ふーっと一息ついていると、背後からいきなり「おい」と声をかけられビクリと跳ねる。

「そ、その声は、三郎君…?」
「そうだ、って何でこっちを向かない?」
「いや、その、今酷い顔してるから、出来れば、その、今は…」

三郎君に顔を見られないよう、そう言うと、はあ、というため息と、じゃりっと砂を踏んでこちらへ近づいてくる気配がした。

「あ、だから…」
「悪かった」
「は?」

いきなりの事にその言葉の意味がわからず、びっくりして振り向けば、何とも言えない顔をした三郎君が「悪かった」ともう一度言う。

「その、今まで疑って悪かった」
「は!?」
「だからこれからはよろしくしてくれ」
「う、うう、うん…」

とりあえずこくこくと頷けば、三郎君は「いきなり虫が良すぎるか?」と眉毛をハの字にして悲しそうな顔になるから、私はぶんぶんと首をふった。

「そういうわけじゃないけど、ど、どうしたの?雷蔵君に怒られた?殴られた?それでおかしくなったの?」
「お前、人が真剣に謝ってるのに…」
「あ、ごめん」
「まあ……なまえが、私を許せないならそれでもいい」
「いやいやいや!!ち、ちがくて!その、いきなりでびっくりしたというか!!」
「そうか…?」
「うん!許せないわけないじゃん!私は三郎君と仲良くしたいし!」

「だからとっても嬉しいよ!」とにこりと笑ってそう言えば、やっと三郎君もフッと笑って、それから「じゃあ、仲良くしよう」と言う。私がそれに笑顔で「うん」と答えれば、三郎君は私の頭をポンポンと撫でてそして「じゃあ」と言って手を離して去って行った。
私はポカン、としてしばらくそこに立ちつくしていたが、次第に頬がつりあがって、にやけてくる。
三郎君がいきなりどうして私を信じてくれたのか分からないけど、そんな事どうでもよくなるくらいとっても嬉しかった。


◇ ◇ ◇

今日がお顔があれなので、朝ごはんは皆の集まる時間を避けて遅くに食堂に来ると、隅で一人、食事をとる緑色の忍装束を見つけた。文次郎君だ。
一人で食べようと思っていたけど、文次郎君には昨日の事でお礼を言おうと思っていたし、今を逃すといつ言えるかわからなくなるから、予定を変更して文次郎君の所へとお盆を持って行った。(顔の事は、すでにビービー酷い顔で泣いたのをしっかり見られているのでいいかなと思った。)

「お、おはよう文次郎君」
「あ、ああ、おはよう」
「あの、ここ、いいかな?」
「ああ」

許可をとり、文次郎君の前に座る。特にこちらに気にするそぶりも見せず黙々と朝食を口に運ぶ文次郎君にどう話しかけようか考えるが、思いつかないので、とりあえず、私も味噌汁を口に含んだ。優しい味が口に広がって、無意識に笑顔になる。
ふと視線を感じて顔を上げれば、文次郎君がこちらを見ていた。

「な、何?」
「あ、いや、すまん。その、目、赤くなってるな」

そう文次郎君が言って私は「あ、やっぱり?」と返す。「鏡が無いからわかんなかったんだけどやっぱ赤くなってたんだ」と言えば「そうか」と文次郎君が返事して会話が止まってしまった。
あー、何か話題はないかな、と考えるが、いやまて、今が本題を切り出す時じゃないか!と思い、思い切って「あのさ!」と声をかけた。


「ん?」
「その、昨日は、ごめんね。私、ずっとビービー泣いて、文次郎君の着物べちゃべちゃにしちゃって、」
「ああ…」
「あと、私泣いている途中で寝ちゃって、それで文次郎君が部屋に運んでくれたんだよね。ほんといろいろごめんね」
「いや、気にするな」

「たいしたことじゃない」と言う文次郎君に。私はううんと首を振る。

「たいした事あるよ。話し聞いてくれて、信じてくれて、すごく嬉しかった。ありがとう」
「そ、そうか?」
「うん、そうだよ!文次郎君のおかげで、いろいろスッキリしたし!」
「それは、よかった」

ぽん、と文次郎君の手が私の頭におかれる。すこしびっくりしたが、なんだか嬉しくて、私はニッと笑った。


「そうだ!文次郎君!三郎君が今日の朝に、疑って悪かったって言いに来たんだよ!仲直りしたんだー!」
「鉢屋が?」
「うん、なんでかよくわかんないけどね」
「鉢屋か…、そうか、まあ、良かったじゃねぇか」
「うん!」