「お、おい。泣くなよ」
「泣いてない!」
「泣いてるじゃねぇか!」
「泣いて!ない!!」


ぎゃいぎゃいとそんなやり取りをして、文次郎君から逃げようと暴れるが、掴まれた腕はびくとも動かない。そして文次郎君がはぁ、とため息をついた。

「何を隠しているか知らんが、正直に言わん限り俺はお前を離さんぞ」
「……、隠してない」
「いや、見りゃ分かる。お前は何かを隠してる」
「私はくの一でも間者でも何でもない!」
「…じゃあ何なんだ。お前はどこから来たんだ?何をしていて?どうやって?お前は何も言わないじゃないか。」
「それは……」

文次郎君に攻められ、言葉につまる。
べつに私だって好きで隠してるわけじゃない。言えないんだ。
でも、それを全部打ち明けてしまえば、信じてくれるんだろうか?

「……信じてくれないよ」
「あ?」
「私がほんとの事言ったって、頭がおかしいやつだって思うよ」


「だって私だってこんなことありえないと思ってるんだから。」
とは言えずに私はうつむく。
すると、文次郎君が掴んでいた腕を離した。かと思えば、いきなり顎をつかまれ、ぐんと上を向かされた。
そらしていた目がばちりと合う。


「なら、言ってみろ」
「え?」
「言ってみねぇと、わかんねぇだろうが」
「でも、」
「でもじゃねぇ。大体、さっきから言ってるが、本当か嘘かぐらい見りゃ分かるに決まってんだろう!」
「ひたいひたい!!!!」


ぐぐぐぐと文次郎君は私の顎を砕くかのごとく手に力を入れる。
私はさっきまでとは違う涙を出しそうになりながら「わかっひゃ!」と叫んだ。
それから私はもうどうにでもなれと半場ヤケクソになって文次郎君に全部話した。
学校の階段から落ちたと思ったらなぜかあの裏々山の池に落ちた事、本当に訳が分からずさまよって襲われたところを文次郎君に助けられたということ。後から気づけばここは知らない場所どころかおそらく時代も違う場所だったこと。
途中、今は何時代かと聞けば、文次郎君は室町だと言ったから、私がは今より何百年もあとの平成という時代から来たこと。でも何だか自分の知っている室町とは違うと言うこと。つまり、自分は『異世界』の人間だと言うことを、言葉につまりながらも説明した。
その間、文次郎君は何も言わずじっと聞いていた。

「これね、携帯って言うんだけど。」

そばに転がっていた携帯をとって文次郎君に見せる。
文次郎君は恐る恐る、しかし興味深そうに手にとった。

「離れてる人とでも連絡が取れる機械でね、私のいた時代の人はみんな持ってるんだ。」
「じゃあ、それで連絡を取れば…」
「うん、やったんだけね、繋がらなかった。知ってる人、みんなにかけたけどダメだったんだ。それでね、そうしてるうちにもうそれが使えなくなっちゃって、私、急に一人ぼっちになったような気がして…」

じわっと涙がまた溢れる。

「さ、三郎君にも、本当は間者なんじゃないかって、ずっと言われて、」
「三郎…、鉢屋か」
「本当に、私は間者なんかじゃない。でも、『異世界から来ました』なんて、信じてもらえるとも思わなくて…、だから、ずっと、我慢しようと思ったのに。じ、自分が、此処の人たちにとって、怪しいヤツだって、思われるのは仕方ないって、みんなに疑われて当たり前なんだって」
「みょうじ、」
「私のいた世界に帰りたい…っ」


次から次へと溢れる涙を必死で止めようと袖で乱暴に脱ぐっていると。文次郎君が「止めろ」と私の腕を掴んだ。
びっくりして顔を上げれば、文次郎君が「泣けばいい」と言って私の頭にそっと手を乗せた。

そこからはもう凄かった。
私は文次郎君の胸を勝手に借りて、「帰りたい。私の世界に帰りたい」と泣きじゃくった。
わんわんと意味不明な事を言いながら泣く私に文次郎君は何も言わず、おずおずと時折頭を撫でる。それを好い事に、私は涙が枯れるまで文次郎君の胸で泣きつづけた。

それから、涙が枯れるまで泣いて目が真っ赤な私と、私の涙と鼻水で胸元をびちょびちょにした文次郎君は、二人で廊下に座って月を眺めていた。

「ごめん、着物びちゃびちゃにしちゃった」
「かまわん。どうせ洗うつもりだったしな」
「うん……」
「………」

てんてんと沈黙が続く。なんというか少し居心地が悪い。何か言った方が良いのだろうか、と思った時、文次郎君がそれを破った。


「…みょうじ、俺は、ずっとお前を疑っていた」

その言葉にビクンと身体が跳ねる。
無意識にうつむいて、次にくる言葉を待ち構える。

「伊作がお前を間者じゃないと言っても、どっからどう見ても貧弱そうなお前の身体を見ても、何か納得がいかなかった。前に食堂で会って、お前が、小平太の話を無理やり打ち切った時、やはり何か隠しているのかと思った」
「う、うん…」
「しかし、やはり伊作の言うとおりだったな」


その意味が分からなくて「へ?」と聞き返せば、「信じるよ」と文次郎君が言う。それが信じられなくて「文次郎君、私の言うこと信じてくれるの……?」ともう一度聞き返せば、文次郎君は「言っただろ。嘘はすぐ分かる」と少し眉根を寄せて言った。


「もんじろうくん……!」
「だから、もう我慢なんぞせんでいいんだ」

その言葉がうれしくて、私は「ありがとう、ありがとう」とまた泣き出してしまったが、文次郎君は私の頭に手を置いて、何も言わずにいてくれた。