「寝れない……」

布団に入って結構時間がたったと思う。寝れない。
今日も一日頑張って仕事をしたから、疲れているはずなのに、今は布団に入る前よりもはるかにバッチリ目が冴えている。
無理やり目を瞑るが、やっぱり寝れない。さっきからずっとこれの繰り返しだ。
私はその繰り返しをやめ、布団から這い出て戸を開けた。
廊下に出れば、ふわりと冷たい風邪が頬を撫でる。
ここの夜は外には私がいた時代のように街灯なんてなくて、月明かりのみが、夜を照らしている。その月は、今まで見てきた月で一番大きく綺麗に見えた。

「月ってこんなに明るかったんだ…」

ふと思い立って一度部屋に戻り、戸棚の奥にしまいこんでいたスクールバックを引っ張り出した。そしてその中にあった携帯を取り出し、電源をつける。
もう電池が切れてしまったかと思っていたけど、残っていたようで、画面がぱっと光って、待ちうけが表示された。が、やっぱり、電池は残り少ない。

「もう切れそう…」

そうひとりごちて、携帯を持って外に出て廊下に座る。
相変わらず圏外のままの携帯を何の気なしにに月の方に向かってかざしてみる。
待ち受けで笑う私と数人の友達の笑顔が、眩しい。

なんとなく、つながらないと分かっているのだけど、家に電話をかけてみる。ツーツーという圏外の音。次は一番仲が良くて、一緒にいつも馬鹿な事をした友達に。やっぱり繋がらない。優しくて、よく私を甘やかした友達。繋がらない。
そうやって片っ端から電話をかけているうちに、ついに携帯の画面が真っ暗になった。電源が切れてしまったのだ。

その瞬間どっと何かが押し寄せて、目の前がぼやける。ボロボロ涙が目からこぼれて、真っ暗な携帯の画面に落ちた。
身体を縮めて顔を膝にうずめる。

なんで私、こんなところにいるんだろう。暮らしも、人も、何もかも違う。こんな所に。ううん、私だけが違うんだ。この学園で、世界で私だけが異端だ。

止めどなく溢れる涙をぬぐいもせずじっと縮こまっていると、ザリッと人が近づいて来る音がした。
慌てて涙を着物の袖で乱暴にぬぐって顔を上げると、少し汚れた何時もの深緑の忍装束をまとった文次郎君が、訝しむような顔をして立っていた。


「あー、文次郎君」
「なにしてるんだ?」
「えへへ、ちょっと眠れなくてさ〜月見でもしようかと思って。文次郎君こそ、こんなに遅くにどうしたの?」
「鍛錬を、していた」
「そっかー!いやあ熱心だね!!」

文次郎君のその鋭い視線が嫌で、それにまた涙が出そうになって、無理やりにニコニコ笑った。

「あーそろそろ寝ようかなー!文次郎君も早く寝たほうがいいよ!夜更かししたら目の下の隈、もっとひどくなっちゃうよ!じゃあ…」
「泣いていたのか?」

「じゃあね」と言って去ろうとする前に、文次郎君がそう言って私の腕を掴んで引き止めた。はっとして振り向けば、文次郎君と目が合う。じっと見つめる視線が痛くて、ふっと顔をそらした。

「べつに、泣いてないよ」
「目が赤くなっている」
「眠たくてあくびが何回も出ちゃって」
「さっきは眠れないと言っていただろう」
「それは……」
「お前は、何を隠してるんだ?」
「……っ」

「何を隠しているんだ」、その言葉が私にずしりとのしかかる。
私は何を言えばいいのか分からなくなって黙っていると、また涙が滲んできて、それからポロリとこぼれた。