「う、わっ」

そんな情けない声を出して、私は階段から落ちる。
え、ちょっと、これはまずいんじゃないの?と嫌に冷静な頭で考えた。

ぐっと目をつぶって衝撃を覚悟する。しかし、すぐに来たのは鈍い痛みではなくて、バチャン!という音と水の冷たさだった。

(え?)

目を恐る恐る開けると、目がゴロゴロする。水の中で目を開けたときの感覚だ。
「なんで?」そう呟こうとすれば口から漏れるのは声ではなくて空気の泡だった。
ポカンとしていると、どんどんと苦しくなって来て、慌てて手足を動かして水面へと向かう。

「っぷあっ!」

思い切り新鮮な空気を吸い込んで、それから周りを見渡す。そこは先ほどまでいたはずの学校ではなくて、豊かな緑に囲まれた川だった。

「ど、どうなってんの!?」

とりあえずここで浮かんでても仕方ないと陸へ上がる。
頭から足の先までビショビショだ。まいった、とそこですぐ近くにさっきまで持っていたはずの鞄が落ちているのに気がついた。
良かった、何でかはわからないけど鞄は無事だった。

誰かに連絡をしようと慌てて携帯を取り出して電話をかける。
が、携帯から聞えてくるのは「ツーツー」という電子音のみだった。
画面の上の方には三本の柱ではなく「圏外」の二文字が申し訳なさそうに表示されている。
私はガクリとうなだれる。が携帯が使えない今自分で何とかするしかない。
とりあえず人を見つけようと歩く事にした。


どれだけ歩いたか、景色がどれだけ歩いてもさして変わらないから、良く分からないが、どうやらここは山のようだ。
別に山に詳しいわけでも無いが、山は怖いとよく言う。もしかしたら熊が出るかもしれないし、暗くなってしまえば益々道がわからなくなってしまう。
そんな事になってしまえば、携帯が繋がらない今、絶体絶命だ。


「とかいってるうちに、空が暗くなってきたよ!!本格的にやばいよこれ!!」

早く降りないと、本当に遭難なり熊にエンカウントなりしかねない。
とりあえずこのまままっすぐ進もうと止まりかけた足を再びあげたその時、後ろから声をかけられ、振り向く。
もしかして登山者かもしれない!と淡い期待を抱いたのもつかの間。振り向いた先に居たのは、ニヤニヤと嫌らしく笑う着物を着た男たちだった。4人居るが、全員着物だ。
「着物?」

着物で山のぼりって、マニアックですね、とついつい口からポロリとこぼす前に、男のうちの一人が腰にさしていた刀を私に向けた。

「ど、どういうこと?」
「変な着物のお嬢さん、悪いが金目のもの全部おいてって貰おうか」
「え?ちょ、まって」
「さっさと出せ」
「あの、何かの撮影ですかね?なら私は役者でも何でもない一般人で、というか迷ってて!その良かったらふもとまで…」
「あ?舐めてんのか」

ぶん!と男が刀を振るう。
それが頬をかすって、何か生暖かいものが垂れる。
「何?」と思って手を触れると指先には赤い液体が……

「えええ血!?なに、それ、じゃあレプリカじゃないの!?え、ちょっと、ま!」

「ごちゃごちゃうるせぇな!さっさと出しやがれ!」とまた男が刀振るう。
「ぎゃあ!」と今度は間一髪でよけたが、男からしたらからかっているだけのようで、刀を振った男以外のやつらが「殺しちゃうのかよー!」とゲラゲラ笑らっている。
なにこれ、どういうこと?なんかの撮影じゃないの?

逃げないと、殺される。

「うるせーなあ」と刀を持った男の気が私からそれてるうちに、その場から逃げ出す。一心不乱に走るが、すぐに後ろから暴言を吐きながら男達が追ってくるのが分かった。

ヤバイヤバイ、なんでこうなってるの?わけが、分からない。どうして階段から落ちたはずが川に落ちて、森をさまよって、刀を持った男達に襲われているんだろう。もしかして、逃げないでおとなしく財布渡したほうがよかった?でもあちらさんはヤるき満々ていうか着物って、刀って、なんなの?ていうかていうか、今日の私は運勢MAX良かったんじゃなかったの?どん底だよ!

ぐるぐる混乱する頭と、やけに冷静な頭でそんな事を考える
声がどんどん近くなる。ヤバイ

「あっ」

足が滑る。急な斜面を転がり落ちる。痛いと思ったが、すぐさま逃げないと、と右足に体重をかける。その瞬間、息がつまるほどの激痛が右足に走り、膝から崩れ落ちる。どん底だ!


「ーーーっ!!!」

これじゃあ逃げられない。

「随分てまかけさせてくれんじゃないかぁ」
「っ!」

しまった。追いつかれた。
男達はしゃがんだままの私を取り囲こむ。一人が私の腕を抑えて動けないように抑えた。それから刀を振り回していた男が私の前髪を掴んで無理やり目線を合わせる

「ったく、逃げなきゃもうちょっと優しくやってやったのによ」
「った……」
「こんな山奥、誰も来ないぜ。よく見りゃ可愛い顔してるじゃないか。たっぷり可愛がってやる」


「死ぬまでな」
耳元で男が笑いながらそう言った。
あ、終わった。私の人生終わった。