足元に気をつけながら、無事に五年生の長屋にたどり着く。
さて、誰かいないかなと周りをきょろきょろ見渡せば、井戸の近くに群青色の4人組を見つけた。
ちょうど良かったと、近づいて、「あの〜」と声をかけて私ははっとした。
私の声に気付いて振り向いた男の子達は一人を除いては前に食堂の前で会った人たちだった。あのときのように一斉にじっと見つめられ、逃げたい衝動に駆られるが、今の私にはこのプリントを五年生に渡すという仕事がある。
逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ!と自分に言い聞かせ用件を言おうとした時、初めて見た男の子が「あ、新しい事務の人か!」と思い出したようにつぶやいた。

「は、はいそうです!」
「事務員さんがなんの用?」
「あの、事務からのプリントを配りに」


と本題のプリントを渡せば「ああ、ありがとう」とお礼を言われて、それに「いいえ」と返事をする。私はこれで用事も済んだので「それじゃあこれで」とその場を去ろうとしたが、「あっ、ていうかさ!」と灰色のぼさっとした髪の毛の男の子に引き止められた。

「なまえちゃん、だったよな?」
「はい」
「俺と兵助と雷蔵は前に会って、なまえちゃんと挨拶したけど、俺たちの自己紹介はしてなかったと思うんだ、それから…」
「ああ、その、俺たち怪しんだりして」
「う、うん」

「ごめんな」とあのとき食堂の前で会った3人が、もうしわけなさそう言う。
私は少しびっくりして、それから「いや!いいんだよ!」と笑って首を振った。

「ぜんぜん気にしないで!」
「でも…」
「あ、じゃあさ、私あの時、事務員になったら仲良くしてほしいって、言いましたよね!」
「ああ、うん」
「だから、これから仲良くしてください」


にこりと笑ってそう言えば、3人はすこしあっけに取られた顔をして、それから3人で顔を見合わせて頷いた。
「じゃあ」と灰色のぼさぼさの髪の男の子が私にむかって手を差し出す。

「俺は五年ろ組、竹谷八左ヱ門。よろしく」


私は「うん」とうなずいてその手を握ると、「あ、八左ヱ門は長いから、八ちゃんでいいよ!」とニカリと笑った。

「僕は不破雷蔵。八とおんなじろ組。よろしくね」
「俺は五年い組久々知兵助。兵助でいいのだ。よろしく」
「俺もいいよね?兵助と同じい組、尾浜勘右衛門。みんな俺のこと勘ちゃんって呼ぶし、そう呼んで」

茶色いふわふわの髪の毛の雷蔵君と、黒髪のまつげの長い兵助君。今日はじめて会った、ドレッドヘアーのような髪の毛の勘ちゃん。それぞれと握手して、「勘ちゃんに八ちゃんに、雷蔵君に兵助君」と教えてもらった名前を復唱する。それから「よろしくね!」と言えば、4人ともにっこり笑ってうなずいてくれた。


「あ、そういえば、もう一人雷蔵くんとそっくりな人がいるよね」
「ああ、三郎のこと?」
「そういやいねぇな」
「その三郎君と雷蔵君は双子なの?」


前からちょっと気になっていたことを聞けば、八ちゃんと兵助君と勘ちゃんが「あー」とそろって頷く。やっぱり双子なのかと思えば、雷蔵君が少し笑いながら「違うよ」と言った。

「え、違うの?」
「うん。違うよ」
「じゃあ、奇跡的にそっくりさん?」
「ううん、それも違う」
「えー、じゃあどういう事?」
「聞きたい?」
「うん、気になる」
「三郎は僕に変装してるんだ」
「へ、変装?」
「うん、そう」


話を聞けば、三郎君は変装の名人で、いつも雷蔵君に化けているらしい。そして誰も彼の素顔をしらない…何だかとても、

「ミステリアス…」
「だよなぁ」
「俺も5年一緒にいるけどしらないのだ」
「俺もしらないなぁ」
「僕も」

「顔を借りられてる雷蔵君も知らないなんてすごいなぁ」なんて三郎君について盛り上がっていたが私はハッとする。
まだプリント残ってる。

「って、私仕事の途中だったんだ!六年生の所にいかないと!みんなありがとう。いろいろ話せて嬉しかったです!また暇な時仲良くしてね!あと、三郎君にもよろしくお願いします!」

「じゃあね!」と手を降って、八ちゃん、勘ちゃん、兵助君、雷蔵君と別れた。


五年生の長屋からすぐ近くの六年生の長屋へと来たが、外には誰もいない。みんな部屋にいるのかな?と文次郎君と仙蔵君の部屋を訪ねたが、誰もいなかった。小平太君と長次君の部屋、伊作君と留三郎君の部屋も訪ねたが、やっぱりいない。

もしかしたら、外で授業してるのかもしれない。仕方ない、一回帰ろう。と踵を返せば、どんっと誰かにぶつかった。

「わぶっ!ごめんなさ…、」
「ああ、すまん」

ぶつかった人の顔をみれば、それは文次郎君で、私は「文次郎君かー」と笑った。

「誰かと思ってびっくりしちゃった」
「そうか?なまえはこんな所でウロウロしてなにをしてるんだ?」
「そうそう、事務からのプリントを…」

「持ってきたんだけど」とプリントを文次郎君に渡そうと思って、ふっと何かがおかしいと思った。
急に止まった私に「どうした?」と文次郎君が不思議そうに尋ねる



「あ、あのさ、」
「なんだ?」
「もっかい私の事呼んでくれる?」

そう文次郎君言えば、文次郎君は少し首を傾げて「なまえ」と私の名前を呼んだ。

「で、どうかしたのか?」
「え、うん。名前。私の事名前で呼んだよね?」
「あ、ああ?それがどうかしたか?」
「いや、いつも苗字で呼んでたから……」
「あ、いやっ、その、名前で呼ばれるのは嫌だったか?」
「ううん、嫌じゃないんだけど、なんか…」

違和感がある。
じっと文次郎君の顔を見つめてみる。酷い隈に、到底15には見えない貫禄というかなんというか、それはやっぱり文次郎君なんだけど。うーん、何だろう。この違和感は。

「あはは、なんか文次郎君じゃない、みたい」

なんて笑えば、文次郎君がスッと目を細めた。え?なにその反応。
もしかして、

「え?文次郎君じゃ、ないの?」