「あ、ありがと。すごい力だね」
「そうですかぁ?普通ですよこれくらい」
「そっか、やっぱ忍者ってす」
「あ、でも貴方が見た感じより案外軽くてよかったです〜」
「ごっ…あっ!?かるっ!?おふっ…」
「あれ〜変な声出して、どうかしましたぁ?」
「いや、なんでも…」

なんだよこの少年、なんだかふわふわしておっとりしてそうなのに案外えげつないこと言ってくれるじゃあないですか!
ああ、このままだと私のガラスのハートが粉々になりそうだ!!

「ていうか、ここに落とし穴があるって目印があったのに落ちるなんて、マヌケですねぇ」
「まぬっ…いや、目印なんてあったかな!?」
「ありましたよー、ちゃぁんと僕、木の枝を置いてましたよ」
「枝…?枝なんてそんなものは……あった」
「ね?」


ああ、あったわ、枝。
けっとばしたわ、枝。
あれが落とし穴の目印だったのね。そうなのね。
でもひとつ言っていいかな?


「そんなの、わかんないよっ…!」


がっくりとうなだれてそう言うと、少年は「そういえば忍者とは程遠いって言ってましたね〜」と相変わらずの間の抜けたトーンで言うものだから私はさらにうなだれた。
ああ、もうさっさと四年生の分のプリントを全部この少年に渡してしまって、五年生の所に行こう、そうしよう。と思っていると「おや」と声がした。
その声のした方に反射的に振り向けば、これまた紫の忍装束の少年がいた。

「喜八郎じゃないか。何をしているんだ?」


そう言いながら少年はさらり、と髪の毛をなびかせてこちらへと近づいてくる。
私の名前は喜八郎ではない。しかし、少年はこちらをしっかりと見て近づいてくる。
ということは今まで私がしゃべっていた少年が「喜八郎」か。おんなじ四年生みたいだし、知り合いなんだろう。喜八郎君は「滝夜叉丸」とぼそっとつぶやいた。


お友達も来たみたいだし、「じゃあ、このプリント、四年生のみんなに配ってくれないかな」と喜八郎君にプリントを渡して去ろうとしたが、なぜか喜八郎君が私の制服の袖をつかんで離してくれない。え、何で。


「おや、誰かと思えば新しい事務の…」
「あ、うん、なまえです。よろしく」
「ええ、ええ!そうですか、分かりました!」
「ん?んん?」
「喜八郎にこの私の居場所を聞いていたんでしょう!この平滝夜叉丸の居場所を!」
「え、えーとちょっと話が」
「いいんです言わなくても!!分かります!!このすばらしい美貌!!虜になるのは分かります!!」
「えーと、その、あのー」
「この学年一!いや!忍術学園一のアイドルですからね!」


私にはちょっとよく分かりません滝夜叉丸君よ。
確かに、君のお顔は整ってはいるが、どうしてそうなるんだい?
どうして私が初対面の君の虜になっているということになっているんだい?
意味が分からずぽかんとしていると、ドドドドと走る音と、「たきやしゃまる〜!!」という声がして、3人目の紫の忍装束の少年が現れた。


「あっ!君!ちょっとこの2人をなんとか…」
「忍術学園一のアイドルと言えばこの田村三木ヱ門だろうが!」
「はっ?」
「何を!!!!私に決まっているではないか!!」
「何をう!!!私だ!!!」
「いや!!私だ!!!」
「私だ!!!!」


目の前で行われる「私が一番美しい」対決に、思わずくらりとする。
どういうことなのこの2人…!
思わずいまだに私の制服をつかんでいる喜八郎君をちらりと見るが、別になんともと言った表情で2人を眺めている。同じ学年だから慣れているのだろうか。

「えーと、き、喜八郎君?この2人は…」
「何したって止まりませんよ」
「は、はえぇ…」

まじかよ!と頭に手をやれば、「じゃあ新しい事務委員のなまえさんにどちらが美しいか決めてもらおうではないか!」と滝夜叉丸君が叫んだ。それに「ああいいだろう!」と三木ヱ門君ものる。こちらからすればんな無茶な!といいたいところである。


「さあ!なまえさん!」
「どちらが美しいですか!!」
「えええ…」
「さあ!!」
「さあ!!」
「う、うう、そうだな……」



とりあえず、私は思いつく限りのほめ言葉を2人に浴びせた。2人が「まあ、そこまでいうなら今回は引き分けで」と満足して、お帰りになった時には、私はげっそりとしていた。
そして、最後まで私の制服をつかんで離さなかった喜八郎君は、げっそりした私に「また僕の掘った落とし穴に落ちてくれますかぁ?」と意味不明なことを聞くもんだから、私はうっかり「うん、いいよ」と返事してしまった。

「やったぁ、なまえさんが落ちた反応面白かったから」
「え?あ?え?これ、喜八郎君が掘ったの?」
「そーですよ。次も全力で掘りますねぇ」
「え?うん、もう、どうにでもして」


「じゃあ、また」と私の手からプリントを取って去ってゆく喜八郎君の背中を、ぼーっと見送って、それから私はなんとも言えない気持ちで五年生の長屋へと向かった。


まあ、なんというか、四年生怖い。