一日の授業が終わったあと、先生から学園長先生がお呼びだと言うことを聞いて、庵へと向かう。

「潮江文次郎です」
「入りなさい」
「失礼します」

中へ促されて、学園長先生の前へ座ると、まっさきに「みょうじの様子はどうだ?」と聞かれた。

「今のところ怪しい動きはありませんが」
「違う違う!怪我の様子の方じゃ!」
「あぁ、それは順調のようで、もうそれほど痛くないと言っていました」
「そうかそうか、ならばみょうじにもそろそろ部屋を用意してやらねばな。ということで潮江文次郎。お主の部屋の隣が空いておったじゃろう」
「はあ」
「そこにみょうじを案内してやりなさい」
「はい…」
「話しは以上。もう戻って良い」

にこやかに笑ってそう言う学園長先生。この方は本当にみょうじを疑っていないのだろうか。


「学園長先生」
「なんじゃ?」
「学園長先生は、みょうじを信用しておられるのですか?」

そう問えば、学園長先生は「あれはどう見ても間者やくノ一にはみえんじゃろ」と笑った。

「もしそうであっても簡単にやられるような忍術学園ではないわい」
「まあ、そうですね」
「うむ。みょうじの件は他の先生方にも話しをつけて色々と頼んではいるが、もうしばらく頼んだぞ」
「承知しました」


話を終え、庵をあとにして医務室へと向かう。その途中、風呂場の前で伊作が立っているのを見つけた。

「伊作、なにしてるんだ?」
「ああ、文次郎。なまえちゃんをお風呂に連れてきてあげたんだけど、ここ忍たま用でしょ。だから誰かが入らないように見張りしてるんだ」
「そうか。ああ、そうださっき学園長先生に呼ばれたんだが」

伊作に先ほど学園長先生と話した内容を伝える。そして、もうみょうじを医務室から出しても良いかどうかと話しをしている途中、新野先生がやってきた。

「善法寺君!」
「新野先生。どうかしましたか?」
「幾つか薬が切れそうなので町まで買いにいって欲しいんですけど、大丈夫ですか?」
「そうですね……」


みょうじを待っているからだろう。伊作は迷っているようだ。しかし、早く行かなければ町の薬屋は閉まってしまう。

「伊作、みょうじは俺が待っていよう。部屋の案内も俺がする。だから行って来い」
「文次郎!ありがとう助かるよ!じゃあ新野先生、いますぐ行きます」
「ありがとう。頼みますよ」

伊作を見送り、その代わりに俺が風呂場の前でみょうじを待つ。しばらくすると、みょうじが「ごめんね、伊作君、待たせちゃって…」と言いながら出てきた。
そしてすぐに伊作ではなく俺がいることに気づき、不思議そうにする。

「出たか」
「文次郎君?あのさ、伊作君いなかった?」
「伊作は少し用事ができたんで、俺が代わりにお前を待っていた」
「そっか、ごめんね。待たせちゃって」
「いや、いい。ところで少し歩けるか?」
「うん、もう全然大丈夫だよ」
「そうか」

「じゃあちょとついて来い」と言えば、みょうじは「うん」と返事してひょこひょこと俺の後ろをついて来た。

俺と仙蔵の部屋の隣に案内し、学園長先生がこの部屋を使えと言った旨を説明した。わからない事があれば隣は俺の部屋だから頼れば良いと言って「じゃあ、俺はこれで」とすぐに部屋を出て行こうとする。みょうじが「ありがと〜」礼を言ったと思ったその直後「あ、私そういえば医務室に荷物置きっぱなしだ!」と叫んだ。

そういえば変な包みを持っていたと思い、「俺が取ってこようか?」と聞くがみょうじは自分で取りに行くという。
しかし、ここから医務室への道がわからないらしく「どうしよう!」と俺に聞く。しかたないので学園内を案内することになった。

一通り説明し、食堂の前に来た。あとはここから保健室のみというところでみょうじが腹が減ったという。そして、ぐるる〜と鳴る腹を押さえてあはは〜、と笑う。それにどうも気が抜けて、はぁ、とため息が出た。
しかし、俺もまだ昼は食べてなかったので、「じゃあ食べてくか」と言えば、みょうじの顔がパアッと笑顔になった。

「なんか、ごめんね」
「いや、いい。俺もまだだし、みょうじもここを使うんだから食堂のおばちゃんに挨拶しておくといい」
「うん、ありがとう!じゃあ早く行こう!もうおなかペコペコ!」


よっぽど嬉しいのか走りだすみょうじ。すぐに足が痛いのか「あいた!」と間抜けな声を上げて、それから「やっちゃったー!」と叫んだ。俺はまた「はぁ」とため息をついて「走るのはまだ無理だと言ったのはお前だろうが」と呟いた。


みょうじと食堂のおばちゃんの和気藹々とした挨拶も済み、注文をして席に座り、「いただきます」と言って食べ始める。ちらりと隣を見れば、みょうじが満面の笑みで「おいしい!」と言いながら定食のハンバーグを口に運んでいる。
思わず「本当に幸せそうに食うな」と言えば、これまた満面の笑みで「おいしいもの食べてるときって幸せだよね!!」と言った。
「まぁ、な」と答えれ、みょうじがぽかんとした顔で俺の顔を見つめる。「なんだ?」と聞けば、「文次郎君て、そういう風に笑うんだねぇ」と驚いたように言われた。

そして、みょうじは忍装束の色について聞いてきたので、それについて話す(何か探ってるのかとも思ったが、教えてもさして問題無いだろうと話した)。その後は他愛ない話しをいくらかして食堂を後にした。

「後はここから医務室くらいだな」
「最終目的地だね。お、」
「何だ?」
「前からくる人達、あれは五年生?」
「ああ、そうだな」

食堂を出てすぐに前から群青色の忍装束の4人組がやってくる。
あれは久々知と竹谷、不破に鉢屋だ。
4人の視線が俺の隣にいるみょうじに向いているのが分かる。

4人がすぐ近くにきた時、久々知が「潮江先輩、そちらの方は?」と聞いてきた。
五年ともなれば、やはり外からやってきた者に敏感である。
俺が「新しい事務員だ」と答えれば、「新しい事務員が入ったなんて話し聞いてませんが」と久々知、竹谷、不破、鉢屋がまじまじと探るようにみょうじを見つめる。
その視線に耐えられなくなったのか、みょうじが口を開いた。

「あの、まだ、事務員じゃないんです。その、今怪我してて、治ったらって話で、その…」

みょうじの声がだんだんとしりすぼみになり、ついには黙ってしまう。久々知が「あの…」と声を掛けると、俯きかけた顔をはっと上げて、それから「すみません、なんか怪しいヤツですよねぇ〜私」とへラリと笑った。

「でも、事務員になったら仲良くして欲しいなぁ〜なんて!」
「はぁ、」
「あ、私みょうじなまえって言うんです!なまえって呼んでください!敬語とか!そんなの全然いいんで!よろしくお願いします!」
「よ、よろしく…」

へラへラと笑ってそう言うみょうじに久々知達が少々あっけに取られたようにうなづく。
俺はこれ以上やってられんと思って「また学園長先生から紹介があるだろう」と話を切り上げた。

五年生達と別れて医務室までの道のりは、ずっと無言だった。