「いやー!ありがとう!いろいろ助かったよ〜!」


あのあとずっと無言のまま医務室まで2人で来て、荷物を取る。
「私の相手ばっかりして用事とかなかった?」と聞けば文次郎君は急ぎではない用事があるだけだと言った。なので、私はここからは一人で帰れると言って文次郎君と別れる。
それから、伊作君とおんなじくらいお世話になっていた新野先生にも、学園長先生に部屋を貸してもらった事と、今までのお礼を言って医務室を出る。
私はずっと無理やりニコニコさせていた顔を止めた。はぁっとため息が出る。


「かえろ」


* * *

「なまえちゃん?いるかい?」
「んあ?」

名前を呼ばれてぱちりと目を開ける。
なんだ、真っ暗だぞ?
あ、そうだ、文次郎君と別れて部屋に戻ったあと、私寝ちゃったんだ。

よいしょと体を起こして、障子を開けると、お盆を2つ持った伊作君がいた。

「部屋が真っ暗だったから居ないかと思っちゃった」
「ごめんね、なんか寝ちゃってたみたいで…気づいたら真っ暗だ」
「夜ご飯持ってきたよ。一緒に食べない?」
「うん!わざわざありがとう!」

伊作君を部屋に入れて、私はこの真っ暗な部屋を何とかしようと明りを探すが、どうすればいいのか分からなくて、結局伊作君が点けてくれた。


「あの時待ってるって言ったのに居なくなってごめんね。先生に呼ばれちゃって。文次郎に頼んだけど、大丈夫だった?」
「うん、大丈夫だったよ!文次郎君が学園の案内とかしてくれて楽しかった!あと、食堂にも行ったよ!おばちゃんに挨拶したけど、すごく優しそうだったよ」
「そうなんだ。だったら今日から食堂で食べても良かったかもね」
「うん、そうだね。でも…」
「でも?」
「ううん、せっかく伊作君がここまで持ってきてくれたしね〜!」

おかずの煮物と一緒に出かけた言葉を飲み込む。その煮物が美味しくて、思わず「美味しい!」と叫べば、伊作君が「なまえちゃんて本当に美味しそうに食べるね」と笑った。

「それ、文次郎君にもいわれたよ」
「やっぱり。なまえちゃんって、表情がコロコロ変わって、見てて面白い」
「そ、そうかな?自分ではそんなつもりないんだけど」

ぺたっと自分の顔を手で触りながら首をかしげると、伊作君はふふと笑って「自分では案外わからないものだよ」と言った。


伊作君との楽しい晩御飯の時間はあっという間に終わって、伊作は「じゃあね」と綺麗にからになった食器を持って帰って行った。
さっきまでは楽しかったこの空間が、急にさみしくなる。

「もう寝ちゃおう」

ついさっきまで寝てたけど、することもないし、私はまた寝ることにした。
押入れから布団を出して(さっきは布団も出さずに畳の上に直接寝たからちょっと身体が痛い)、明かりを消して、さっさと布団に潜り込む。
そして目をつむって寝ようとするが、頭の中に昼間のあの五年生の探るような視線が浮かんでは消えた。
もう一度目をあけて、真っ暗な天井を見つめる。


「目が覚めたら、全部もとに戻ってたらいいのにな」


そんな独り言をつぶやいて、再度目を閉じる。
頬に、つうっと、涙がこぼれた。