みょうじなまえ
俺が裏裏山で助けた怪しい女。
伊作は"普通の女の子"だというが、俺はどうも納得がいかなかった。
何と無く浮世絵離れしたみょうじが、普通には思えなかった。

「なまえちゃんは怪しくない」と言う伊作に、「俺の疑いを晴らすためだ」と無理やり睡眠薬入りの茶を作らせて、みょうじに渡す。

すると、みょうじは「ありがとう」と笑って受け取り、怪しむ事もなくその茶を飲んだ。
伊作が保健室委員の事を話していれば、すぐにみょうじはウトウトしだし、返事もままならなくなる。
終いには、俺の肩にもたれ掛かって熟睡だ。

「ね?言ったろう?なまえちゃんは普通の女の子だよ!」
「うむ…」
「文次郎は一体何をそんなにためらってるの?」

何をためらっているのか。
ためらっているつもりはなかった。忍ならば人を疑う事が普通なのだ。

「べつに、ためらってなどいない


今や床に倒れこんで寝ているみょうじを抱きかかえ、用意してあった布団に寝かせる。
伊作を長屋に返し、1人壁に寄りかかってみょうじを見張るが、朝になってもみょうじは起きる気配を見せる事なく眠り続けた。
結局みょうじが起きたのは伊作と見張りを交代し、夕方になってまた医務室を訪れた時だった。

その時にはもうすでに伊作とみょうじは打ち解けていて、2人の間には緊張も何もない。
思わず俺は伊作を見て、矢羽音で「何やってるんだ!」と言えば、伊作はそんな俺にニコリと笑って「それよりさー」と口を開く。

「文次郎もなまえちゃんともっと仲良くなったら良いのに。なまえちゃんを助けたのは文次郎だし。ね?」
「な、何を…」
「なまえちゃんは、文次郎と仲良くなりたくない?」

いきなりそんな事を言いだす伊作。ちらりとみょうじをみれば、にへら、と笑い「私、潮江さんとも仲良くなりたいですよ」と言った。
その緩みきった顔に思わず「はぁ、」とため息をがでる。なんだかすっかり呆れて、「まあ、何だ。仲良くやるに越した事はないしな」なんて言ってしまった。

そして、いろいろと話せば、なんとみょうじは俺よりも年上だったらしい。(みょうじの方は俺の事をだいぶ年上だと勘違いしていたようだが)
腐っても年上ならば、言葉使いを改めねば、と言えばみょうじが嫌がったので、結局お互いに敬語を使わないという事になった。

「名前は好きに呼んでくれて構わん」と言えば、みょうじはおずおずと「じゃ、じゃあ文次郎君とか、いいかな?」と聞くので、それでいいと言えば、また「えへへ」と緩んだ笑みを向けるのだった。

そんな彼女は、先ほど学園長の庵に呼ばれ、そしてとんとん拍子でこの学園の事務員に選ばれたのだが、そんなに簡単に決めてしまっていいのか、と俺は思わず頭を抱えた。

「いや、良いわけないだろう」