さーて今日は何をして暇をつぶそうか、そんなことを考えながらふらふら家の中をさまよっていると、縁側で何かをじっと見つめている先生を見つけた。
これはいいところにいた。そっと後ろから近づいて驚かしてやろう。にやりとにやける口元を袖で覆いながら、そっと足を踏み出したとき「それは未来のものですか?」と咲さんの声がした。
なぜだかわからないけど、バッと反射的に物陰に隠れる。いや、なんで隠れたんだろう私。

「はい、丘に落ちてて」
「では、どなたかが先生のようにいらしたということでございますか?」
「誰かが来たのか、これだけが落ちてきたのかわからないんですけど」

そっと二人の会話を物陰から耳を澄まして聞く。てかなにこれ、私ストーカーみたいじゃん……。と思いつつも、聞き耳を立てるのはやめられない。

「戻れる道をお探しになってるのですか」
「今戻っても、未来さんの手術が成功するような世にはなっていないと、案じていらっしゃる」
「どうして分かったんですか?」
「先生が迷われるとしたらそれしかないですから」


ミキ、って誰だろう。
二人の会話に出てきた知らない名前。ミキ、だから女性だろう。
今戻ってもミキさんの手術が成功する世にはなっていない、と先生が案じているということは……

「もしかして、あの写真の……」

きっとそうだ。先生がペニシリンの抽出の仕方を考えてたあの時に見せてもらった写真に先生と並んで写っていた女性だ。
そして、先生が迷うならその人の事しかない、ということはきっと、

「そういう関係、だよなぁ〜」

はぁ、と二人には聞こえないように大きなため息を吐く。
やっぱり、あんな写真があるんだもんなーそりゃあそうだよなぁ。てかそうじゃないほうがおかしいわ。
そう一人で頭の中で会話して、結論付けていると、いつの間にか二人の会話は終わっていた。
さて、私はどうしましょうかね、なんだか今は先生に声をかける気にもなれないし、どこかに遊びに行こうか。
そう思ったとき、「先生!」と子供の声が聞こえた。この声はたしか、よく行く甘味屋のとこの喜一君だ。
その喜一くんはひどく焦った様子で、「茜ねぇちゃんが!揚げ物の油をかぶっちまって!!」と叫んだ。

「はぁ!?」
「っ、なまえさん!?」
「あ、いや、その別に立ち聞きとかしてたわけじゃないですよ!!って違う!早くいかないと!」
「え、ええ!」


* * * 


喜一君に連れられ、急いで茜さんのもとへと向かう。店の二階の部屋の布団に、彼女は横たわっていた。彼女の首から顔にかけ、手拭いがかけられており、それをそっと先生がとる。その下から出てきた火傷は首から顔にかけての広範囲で、とてもひどいものだった。


「先生、茜の顔は、元に戻りますでしょうか?」
「無理言うなよ、いくらなんでもこんな火傷」
「全く元通りというわけには行かないかもしれませんが、化粧をすればわからない程度にはできると思います。とりあえず今日は消毒をしましょう」


辛そうな茜さんに、先生は優しくそう言った。
そして、とりあえずの消毒をして店を後にする。
咲さんが「どのような治療をなさるのですか?」と不思議そうに先生に尋ねた。

「失った皮膚を別の部分から移して植え替えます」
「皮膚移植ですか」
「ええ」
「そのようなことができるのでございますか?」
「でも、そのためには大量のペニシリンが必要なんです」
「では、医学所に」
「お願いするしかないですね」