先生が佐分利さんの代わりに攻めを追って医学所をやめたのが昨日。 先生とは昨日から一言も喋っていない。 否、私に喋りかけようとする先生を無視して私は、逃げていた。 昨日先生の肩を殴ったとき、しばらく先生とはしゃべってやらないと心に誓ったからだ。 「ふん、先生が悪いんだもんね」 先生が馬鹿だからだもんね。 口を尖らせて、竹刀をいじくる。 あ、なんかむかむかしてきた。素振りでもしようか。 と思ったとき、ばたばたと廊下を走る音がした。 栄さんが走るわけないし、咲さん? ついでタン!と障子を乱暴に開ける音がする。 どうしたんだろうと思って部屋から首を出して音のほうを見ると、咲さんはひどくあせった様子でまくしたてるように「母上!南方先生は!」と叫んだ。 栄さんはびっくりしながらも、「お出かけになられましたが」と答える 「兄上はご一緒でしたか!?」 「先生からさすがにもういいと断られておりましたが…」 その答えを聞いて血相を変えて飛び出そうとする咲さんをとっさに捕まえる。 「咲さん?どうかしたんですか?」 「なまえさん!その、先生が危ないんです!」 「え?」 「先ほど、野風さんから文が届いて、それには南方先生が何者かにお命を狙われていると…!」 「命?」 「はい!」 「じゃあ咲さんは先に先生を探しに行って下さい!私は後から行きます!」 「は、はい!!」 咲さんが廊下をかけていく。 私は自分の部屋に戻って着物の帯を一気に引っ張り解き、乱暴に襟元を開いて、着物を脱ぎ捨てた。 それから、しばらく箪笥にしまってあった制服とをとりだし、すばやく袖を通す。 ローファーと竹刀を引っつかんで、部屋を飛び出した。 久しぶりの洋服はやっぱり動きやすい。 だいぶ目立ってしまうが、着物で走り回ってこけるよりましだ。 * * * * 先生がいるとこって、どこだろう? と考えてもあまり思いつかないので、とりあえず橘の家から医学所までの道のりを走り続ける。 が、先生どころか咲さんさえ見つからない。 「まって、いくらなんでも、町中で堂々とはやらないよね?じゃあ…」 人気がなくて、後ろからグサっとやるのにぴったりな場所。ってのは、あそこの竹やぶあたりじゃないか? と思い、そっちに足を向ける。 そして、竹やぶに入ってすぐに、人影を見つけた。 「先生?」 いや、違う。 深く笠をかぶっている。 先生は笠をつけない。 「なんだか、怪しい」 ばれないように、そっと後ろをつける。 しばらくすると、また人影が見えた。 笠をかぶった男が立ち止まる。 あの人影は、先生だ。 そう思った瞬間男が刀を抜いて走り出した。 「やば…!」 ドス、っと鈍い音がする。 一瞬「ああ」と思ったが、それは笠をかぶった男の振るった刀が竹にささった音だった。 先生しりもちをついて倒れている。 そのそばには咲さん。 きっと間一髪のところで咲さんが助けたんだろう。 「咲さん!逃げて!!」 私が叫ぶと、咲さんはコクリとうなづき、先生の手を引いて走り出す。 そして竹に刺さった刀を引き抜いて、二人を追おうとする男に「おい!」と声をかけた。 男が振り向く。 じり、っとにらみ合う。 「ちょっと相手してよおじさん」 「小娘に構っている暇はない」 「え?なに?その小娘から逃げるの?うっわーだっさー!」 「なんだと?」 「史上最強のダサさだねー!わらっちゃうよぉ〜ぷぷぷー!だっさー!」 「チッ…さっさと始末してやる」 「ははーん、大丈夫?無理してない?怖いのに、無理してない?」 「だまれぇ!!!」 ブン、と振り上げられる刀を後ろに飛んでよける。 散々おっさんを馬鹿にしたが、怖いのは私だ。 竹刀を握る腕や、膝ががくがくしている。 でも、先生と咲さんの命は、私にかかってるんだ。 「女子高生の本気、みせてやる」 |