血相を変えた佐分利さんと先生が医学所へ入ってゆく。
私と龍馬さんはあわててその後を追った。
先生と佐分利さんが部屋に通される。
が、私と龍馬さんは止められ、仕方なく医学所の外で待たされることになった。

しかし、何があったのか気になって仕方なかった私は、盗み聞きをすべく、先生たちが通された部屋のすぐそばまで医学所の裏を通っていく。
それから、じっと息を潜めて盗み聞きを開始した。

淡々と話す男の声。そして佐分利さんの「腑分けをしておりました!」という大きな声が聞こえる。
ふわけ?というのがこの話のキーなのだろう。
聞いたことが無い言葉だったが、話からするとどうやら、「腑分け」は現代でいう「解剖」らしい。


話の内容はこうだ、
佐分利さんには無償で世話をしていた女郎がいた。その女郎は亡くなったが、佐分利さんは女郎と死んだら佐分利さんに自分の体を解剖の実験体として提供するという約束をしていた。
そして佐分利さんはその女郎を解剖した。
佐分利さんはその女郎を殺したわけではなかったが、話を聞き進めていくと、どうやら「佐分利さんが死んだ女郎の解剖を勝手にやったのがまずい」という話らしい。
なんでも解剖は幕府が認めたものしかできない。
とくに幕府に近い組織にいる佐分利さんがしてしまったからには見過ごす事はでず、誰かが責任を取らなければならない。ということだ。

「なんでそんな!」と佐分利さんの反発する声が響き渡る。

もっと、詳しく話しの内容を、と耳を傾けようとしたが、近くから足音がして、しぶしぶ引き上げる。
それからしばらくした後、先生と佐分利さんがげっそりとした顔をして戻ってきた。
「なにがあったんですか」とは聞けなかった。
でも、「とても悪いことがあった。」という事はわかった。



夜、
私は先生の部屋に行って今日あった事をの詳細を聞くか否かを迷っていた。
うろうろと廊下をうろついていると、先生の部屋へ入る咲さんが目に入った。

「やっぱ、やめとこ」


* * * *



朝、起きたら先生はいなかったから、私は一人で医学所へと向かった。
ペニシリンの製造所に行っても先生はいなかったし、それどころか佐分利さんさえもいなかったから、少しいやな予感がした。
その予感を振り払うように頭を振って、それから白衣の紐をいつもよりきつく結んでペニシリンの製造に加わる。




休憩を終えて製造所に戻ると、先生と佐分利さんがいた。
「あ、二人ともやっと見つけた」
そう声をかけようとしたとき、佐分利さんががくんと膝から落ちた。

なに?どういうこと?
ちょっとわけがわからないんだけど。


「なにがどうええがじゃ」

龍馬さんが怒鳴る。
そして先生につめよる。

「ここに居ればその医術を広めることもいくらでもできるがじゃろ?
それを嘘をつき、ありもせん攻めをおい、どこをどうしたらそういう理屈になるぜよ」
「どうしたんですか?」
「先生には、欲っちゅうものがまったく見えんぜよ!」
「欲?」
「おうよ!人間は欲深い生き物じゃ国のためなら死ぬことができるちゅう志士も、人のために生きるとほざく医者も!一皮むけば、成り上がりたい金がほしい名を残したいという欲でがんじがらめじゃ!」

ばんばん、と龍馬さんは自分の胸をたたいて顔をいっそうゆがめる。
佐分利さんの啜り泣きがやけに響く。

「わしだってそうじゃ。頼まれもせんのにこの日の本の国をもっとええ国にしたいとおもっちょるがは、生まれてきたからには、なにかやってやりたいっちゅう欲からじゃ!
けんどその欲があるき、わしは進んでいける。よくは生きる源じゃ!
じゃが先生のやっちょることは、まるで仏じゃ。もし人であるならば、死人じゃ」
「死人・・・」
「わしゃ心配なんぜよ。なんの欲ものうて、殺されるいうてもぽかーんとしとる先生が。いつか命さえもはいそうですかいうてぽーんとほりだしそうで」

先生は、その言葉に黙ったまま。
ふ、と先生と私の目があった。

「先生、ここ辞めるの?」
「はい」


先生がうつむき加減に答える。


「先生の、馬鹿」


そう言って、私はドンっと先生の肩にこぶしをぶつけてやった。



(ほんとに大馬鹿)