先生が医学館へ伺いに行く日、私は咲さんと医学所の人たちと、そう毒患者の下調べをしに、吉原を訪れた。
時代劇でしか見たことがなかったようなきらびやかな着物を着た遊女たちが、自分の目の前にいることが、なんだか信じられなくて、まるで白昼夢を見ているような気分になる。


ふと、咲さんと一人の遊女がなにやら話し合っているのが目に入る。
「なにかあったのかな?」としばらくじっと見つめていると、私に背を向けていた遊女の横顔がちらりと見えてはっとした。



「あの人…先生の写真の…」



 * * * *


吉原から医学所に変えると、先生と一緒に医学館に行っていたはずの恭太郎さんが「急ぎで、手術の準備をしてほしいのですが」と医学所へ来た。
私と咲さんと佐分利先生であわてて準備をして、恭太郎さんとともにすぐ近くの医学館に向かう。


恭太郎さんに連れられて医学館に入ると、医学館の人たちにぎろりとにらまれる。
佐分利先生が「殺されそうでんな…」とつぶやいた。



手術室になる場所に入り、急いで準備を始める。
部屋の隅で、冷や汗を流した男性が床を這いながら、一人の男性にすがりついた。
たぶん、この人が先生をここに招いたひとで、ここのトップの人なんだろう。


「お願いです、手術を、取りやめてください…!腹を切られて生きてられるはずがありません!」
「……」

男性は怖い顔をしたまま、何もいわない。
しばらくの沈黙の後、先生をにらんでこう言った。


「おぬしが死んだら、私もここで腹を切る!
そうなったら手術を許した私の責任でもあるのだからな」
「私ごときに…もったいなきお言葉!」

手術を受ける男性は、先生をにらんで叫んだ

「どうにでもするがいい!ただし!私を殺したらおぬしもお上から捌きを受ける!!」

どうも、この時代の人たちの"忠誠心"や"覚悟”は私のよく知る物とは重みが違う。
その凄みに思わずゴクリとつばを飲み込んだ。
しかし、直接にらまれている先生は怯むどころか「麻酔を始めます。」とさらりと言った。





手術を見たことはあった。小さいものなら受けたこともあった。
が、する側というのはもちろん始めてで、佐分利さんの横でとりあえずおとなしくスタンバイする。

麻酔が済み、男性のおなかにメスが入る。


「腹膜を切開します。咲さん、コッヘル鉗子で私と一緒に腹膜を交互に持ち上げてください。腹腔内臓器と腹膜を離しながら切っていきます」


「はい」と咲さんが返事し、腹膜を持ち上げる。
が、先生が腹膜にはさみを入れていくのをつらそうに見て、ちょうど切れたところで、咲さんは鉗子から手を離してしまった。

「すみません」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」



その言葉に先生は頷き、作業を続け、胃にあいた穴を見つける。
「咲さん」と先生が声をかけるが、咲さんは震えて固まっていた。
「なまえさん」と先生に呼ばれて、「はい!」と返事をする。

「生理的食塩水を」
「はい」

「あ、わたくしが」と咲さんがわれに返ったように動くが、先生は「咲さんは下がっていてください」と言った。

「え」
「初めて内蔵をみて平気でいろというほうが無茶な話です。無神経でした」
「でも、もう平気でですから…」
「すいません。患者のために手術時間はできるだけ短くしたいんです、次のためによく見ていてください。佐分利先生、すこしこっちをお願いします」
「は、はい」


そこからはてきぱきと手術が進んで行き、私と咲さんは止まらずに動き続ける先生の手を眺め続ける。
周りから「信じられない。このような事をして死なぬとは…」という声があがり、ふとその声が聞こえたほうをちらりとみると、きつく手を握るトップの男性の姿があった。



手術は無事に終わり、みんなで医学所へと向かい歩く。

「しかし、先生は肝がすわってまんなぁ。あんな中でよう淡々と手術を」
「佐分利先生こそ。初めて内蔵を見た人間には思えませんでしたよ」
「え…」
「初めてじゃないんですか?」
「は、はぁ、まぁ…」


そんな話をしながら、医学所のすぐそばまで来ると、いきなり人が飛び出し、慌てたように「さ、佐分利殿!」と叫んだ。
この時代の人は、慌てるのが好きだな、という考えがぽんとでたが、その人の次の言葉でそんなことは吹き飛んだ。

「佐分利殿のメスが!殺された女郎の部屋より見つかったと!!」




(なんか、いろいろありすぎじゃないですか!?)