パリン、と陶器の割れる音が響く。
佐分利先生がペニシリンの培地を落としたらしい。


「どうも、すみません」


「以後、気をつけなさい」と緒方先生に言われて、ちょっとしょんぼりしながら割れた破片を片付ける佐分利さん。
近くにいって、私も破片を集めるのを手伝う。

そして、こそっと佐分利さんに「なんでこんなところに勝か…麟太郎がいるんですか!それから龍馬さんも!」と聞くと「南方先生は勝さんとお知り合いなんです。勝さんは南方先生を気に入ってはるみたいで。あの坂本龍馬さんも勝さんの弟子やから、ついて来たんちゃいますか?」といわれ、勝海舟と知り合いの上に世話を焼いてもらうなんて、南方仁はいったい何者だ!と叫びたくなった。

それから、先生の手をガシッとつかんで「どうしてがじゃぁ」と叫んでいる龍馬さんを横目でちらりと見て、あぁそういえば龍馬さんてすごい人だったという事を思い出した。



「一般ピープルだとばかり…」
「一般、ぴーぷる?」



「南方先生に、医学館から客が!」

ばたばたと慌てた男性が入ってきてそう叫ぶ。
それを聞いた緒方先生が「なんやて?」と緒方先生が顔をしかめた。

「医学館て?すぐそこの建物の」
「はい、漢方治療の総本山でございます。さしずめ本道の西洋医学所というところで
ございます」


「あの、医学館と喧嘩でもしてるんですか?」

先生がおそるおそる聞くと、「はぁ」と緒方先生がさらに顔をしかめて頷いた。

「本道とはいにしよりわが国の医療の中心でありつづけた、まさに本道。むこうからことちらを見れば、我等こそが西洋医療を勝手に持ち込んだ新参者。ところが今では上様から大奥の方々まで見る奥医師に我等蘭邦医が次々任命されています。我等が、かわいかろうはずがございません」
「やりてのベンチャーが嫌われるのといっしょか…」
「ん?」
「いや、いやいや、あはは」


 * * * *



「なんだかいろいろとややこしいですよ、この時代は」


緒方先生と松本先生と一緒に医学館からの客人に会いに行って帰ってきた先生は、すっかり疲れたようにそうぼそりとつぶやいた。

「なんでみんなあんなにけんか腰なんだよ…」
「なんか、想像つきますよ…時代劇のあのドロッとした感じですか?」
「あー、そんな感じですよ…。しかも、医学館に行くのに護衛なんか付けることになっちゃって」


はぁ、と先生はため息をついて前を歩く龍馬さんと恭太郎さんの背中を眺める。
それに気づいたのか、龍馬さんが「せんせぇ!まかせとけーよぉ!」と大声で叫んだ。


「まぁまぁ、先生!おいしいものでも食べて元気になりましょうよ〜」

へへへ、と笑って私は先生の着物の袖を引っ張った。


 * * * *


「さぁさぁ皆様お立会い!そう毒にきくペニシリンを作り出したお医者様。南方大明神!南方大明神の護符だよ!」
「さぁよってらっしゃい!いま話題のそう毒の護符。南方大明神の護符だぁ!」



町について、四人でお茶を飲んでいるとそこらじゅうから聞こえてくるそんな声。
その声の元にたくさんの人が群がり、我先に、と護符を買い求める。


「わぁ、先生、神様になってますよ」
「あ、あはは…」

「せんせぇは今、光輝やいちょる」

ぼそ、っと龍馬さんがつぶやく。

「で、その光っちゅうがは、必ず影を作るいうもんじゃ。先生の作ったその影でうめいちゅう連中が、何ぼでもおるっちゅうが、心しておいたほうがええで」
「はぁ、そんな大げさな」

先生はははは、と笑うが、竜馬さんは目を細めて、「暗闇で…ばっさり!!いかれるかもしれんきのぉ」と脅しをかける。


「ちょ、龍馬さん縁起悪い!」
「はっはっはっ!」
「切られたら死ぬのかな俺…」


ぼそ、と先生は無意識につぶやいたのであろうが、はっきり聞こえたその言葉に、私、龍馬さん、恭太郎さんが「は?」と顔をしかめた。



(なにを言うとるんじゃ先生は!)
(そりゃ切られたら死ぬよ先生!!)
(少々、疲れてらっしゃるんでしょう)