先生が医学所に行って3日。 橘の家で集めたありったけのアオカビと、咲さんと一緒につくったお弁当をもって二人で医学所へ向かった。 門を通り抜け、中に入ると、割烹着を着た男の人たちがせわしなく廊下を行き来してる。 その中の一人の男性が、こちらに気づき「あれ、咲さんこんにちは」と声をかけてきた。 関西鉛の人懐っこそうな雰囲気の若い男性だ。 そういえば、江戸(こっちの)時代の男性は恭太郎さんと龍馬さんぐらいしか見たこと無かったようなき気がする。 「あの、南方先生は?」 「吉原へいかはりましたけど」 男性のその答えに咲さんは目を見開いて、いまにもお弁当を落としそうになる。 やばいやばいと受けとめていると、男性が「あ!いや!薬を作るためですよ!」とあわてたように弁解した。 それを聞いて咲さんは安心した表情になり、「これ、みなさんでどうぞ」とお弁当を渡した。 それに続いて私もありったけのアオカビを包んだ風呂敷を男性に渡そうとした瞬間、男性の「あの」という男性の声にさえぎられた。 私は男性が咲さんにしゃべりかけたものだと思ったが、どうやらそうではなかったらしく、男性はガッツリと私の顔を見つめていた。 「あの、初めて見るお顔ですけど、もしや咲さんの妹さんで?」 「あ、いえ、その最近から橘さんの家にお世話になってる、なまえといいます」 「あ、そうなんですか。僕、佐分利言います」 「さぶり…さん」 「はい」 さぶりん、と言いたくなったけども、それは飲み込んでおいた。 とりあえず「あの、これ」と持ってきたカビを渡そうとしたが、すでに片手にお盆、もう片方にお弁当を持っていて佐分利さんの手はふさがっている。 「カビ、もってきたんでどこに持っていけばいいでしょう?」 「あ、すんまへん。こっちに持ってきてくれはります?」 「はい」 * * * 「ここ、おいてくれはります?」 「はーい」 よいしょ、とてきとうなところに包みを置いてからパンパンと手をはたく。 さて、表で咲さんも待ってることだし、帰ろうと振り返ると、足がツン、と何かに引っかかった。 ふらり、とそばにいた佐分利さんに倒れ掛かってしまう。 「あ、すみません」 「だ、大丈夫でっか?」 「はい!いやぁ、やっぱ草履ってなれなくて」 「え?草履がなれないんですか?」 「え、あ、あぁ!!!いやぁ、あの、私つい最近まではだしで走り回ってたもんで!えへへへ、えへへへへ」 「あ、そうでっか あははは」 とりあえずあはは、と笑ってごまかしたが、危ない危ない、ついぽろっと変なことをいってしまう。 「えへへ、じゃ、じゃあ佐分利さんまたこんどっっおっ!!」 ガッ あれ、おかしくね? ついさっきこけかけてまたこけるとかおかしくね? っていうかこれは確実に顔面 「うつっ」 「なまえはん!」 「っーーーー!」 ヤバイ!と目を瞑り、鈍い衝撃を覚悟したが、それはなく、ぐっと腕を引っ張られて、それからぽすっと受け止められた。 おそるおそる目を開けて受け止めてくれた人を見ればそれはやっぱりというか当然というか佐分利さんで、私は「えへへ」と情けなく笑って「すみません」と謝った。 「ほんま、草履になれてはらへんのですなぁ」 「え、えへへ、ほんとそうみたいで」 えへへ、と笑って佐分利さんの顔を見上げて、ふと気づく。 なんというか、佐分利さんにきれいにホールドされているというかガッツリホールディングというか、まーいい感じの体制というか、なんかいい感じになってませんかコレ 佐分利さんもそれに気づいたのか「す、すすすんまへん!」と顔を真っ赤にして手を離した。(いや、そんなにあわてなくてもいいと思うんだ!) 「ホンマ、すいません。若い女子にこんな…」 「いやぁ、そんなに気にしなくても」 「え、気にならんのでっか?」 「え、そんな気になることですか?」 「え、普通気にしはりませんか?」 「え、気になるものなんですか」 「なんやなまえさんは変わったかたでんなぁ」 「変わって、ますか?」 にへら、と笑うと佐分利さんがぷっと吹き出した。 それにつられて私も吹き出す。変につぼに入ったのか、二人でけらけらと笑いあった。 |