「で、ヘンリーさんはいつからこんな状態になっちゃったんですか?」

コップの水をちびちびと飲みながらお兄さんことヘンリー・タウンゼントさんに尋ねる。
するとヘンリーさんは困ったようにすこし笑って「五日ほど前から」と言った。

「五日!?食べ物とか、いろいろ大丈夫なんですか!?」
「最初のうちは大丈夫だったけど、今はもうないね。幸い水は出るからそれでしのいでるんだけど」


「どうしようか」とそれほど焦った様子も見せないヘンリーさんにかわってなぜか私が焦る。というか焦るのが普通だ。なんでこの人はこんなに落ち着いているんだ。

「ヘンリーさんは、よくそんなに落ち着いていられますね」
「いや、これでも焦ってはいるんだが…」
「絶対嘘だ…」


そんなのほほんとしている(ように見える)ヘンリーさんと、これからどうするかということを話し合う。

ヘンリーさん曰く、バスルームに開いている大きな穴をとおりぬけると変な世界に行けるらしい。
が、できるなら行きたくはない。

だって変な世界だよ!?
今でも十分に変な目にあってるけども!!

「やっぱり部屋からはでれないんですかねぇ…?」
「私が試したときは無理だったけど…」
「もういっかい、試してみません?」
「別にかまわないけど」


* * *


「無理、ですね!!」

がしゃんと握っていた鎖から手を放す。
どうも簡単に取れそうで取れない鎖。

隣でヘンリーさんが「しかたないね」とつぶやいた。
どうしてそんなに冷静なんですか。

「私はもう一度あの穴に入ってみようと思う」
ヘンリーさんが冷静にぽつりと言う。私は思わず「えっ」と言ってしまった。

「入るんですか?あの穴に?」
「あぁ。君は嫌ならここで待っていても全然かまわないよ」
「え、いや…」
「いろいろと危ないし」
「あー、いや、行きます!私も行きます!待ってるのも、その、気が気じゃないですし!まぁ、ヘンリーさんの邪魔にならなければですけど…」
「私は、かまわないよ。一人よりも心強いし」
「ヘンリーさん…」

たとえお世辞だとしても嫌な顔せずにそういってくれるヘンリーさんにきゅんきゅんっ!としたのは内緒である。

かくして、わたしとヘンリーさんはバスルームの穴の前に行くのだが、その穴は見れば見るほど異様で、入る気をなくす。というか、できるのならば入りたくはない。

「……っ」
「待っててもいいけど…?」

すでに穴に手をかけて入ろうとしているヘンリーさんが優しくそう言ってくれる。が、私も行くとさっき決めたのだ、ここで引けば男が廃る!いや、男ではないんだけども。

「いや、行きます!わたしも行きます!」
「そうか」

少し微笑んで、くしゃり、と私の頭をひと撫でしてから、ヘンリーさんはためらいもなく穴に入っていく。
あまりに自然にするものだから、撫でられたと気づいた時には、ヘンリーさんの足が半分ほど穴に入った時だった。

それにしても、ずるずると穴に入っていく姿は、何かに飲み込まれるように見えて、気味が悪い。

すっかりヘンリーさんも見えなくなって、次は私の番かと穴に手を掛ける。
穴を覗くと、その穴からくすくすと子供の声が聞こえてくるような気がした。
気が引ける。
しかし、行くと決めたうえに、ヘンリーさんが向こうで待っているので、思い切って広くはない穴にさして細くもない体を滑り込ませた。


「うっ、うぅ…やっぱり変な声きこえるよぉ…」

さっきは気のせいだと思った声が、穴を進むごとに大きく、そして近くなる。
普通に通るのなら、走るなりなんなりできるが、ずるずるとはいつくばって進んでいるため、速度は一定だ。
それから、やはり進むごとにふわふわというか、ぐるぐるというか、頭の中をかき回されるような不思議な感覚が増していく。
よくは分らないが、気持ちの良いものではないのは確かだ。

私は、変な声と、感覚に半べそをかきながら一心不乱に穴を進んだ。