視界が一瞬で青に染まる。
ゴボリ、と空気の泡が目の前に上がった。
と思えば水が口から入ってきて苦しくなるくる。
慌てて手足を動かして水面から顔を出した。

「……どこここ」


ぷかぷかと水面に浮きながら周りを見渡す。
そこは見渡す限り、木しかなかった。
………きれいだなぁ

「って違う!」

温泉じゃないんだからそんな呑気にぷかぷか浮いている場合じゃない。
なんとかしてこの状況を把握して処理しなければ。

下手くそな平泳ぎで岸まで泳いで這い上がる。
どうやら私が浮いていたのは池らしい。
お世辞にもあんまり綺麗とは言えない。

まあそんなことはどうでも良い。
とりあえず、なんで私は池に落ちていた(のかな?)かだ。
不思議なことに、池ポチャする前の記憶が一切ない。
ただ、自分は学校の制服を着ていてローファーも履いている事から、学校に行く途中か下校中だったと思われる。


「おかしいな……。まぁ、いいかとりあえず誰かに連絡連絡〜」


制服のポケットから携帯を取り出し、防水で良かったなー、なんて思いながらパカリとあける。
しかし、画面の上の方には三本の柱ではなく「圏外」の二文字が申し訳なさそうに表示されていた。

「だめじゃん……」

がくり、と首を項垂れる。けど仕方ない、こんな森だし。
むしろ電波が届いてるほうが不思議だ。
と諦めて他の連絡手段を探すことにした。
ずぶ濡れで気持ち悪いが、仕方がない。誰かに会うまでの辛抱だ。と何処に有るのか分からない人里を目指して私は歩き出した。



* * * *


「あー…何もない」

ふうっというため息とともに漏れる言葉。
いくら歩いても景色が変わらない。
辺り一面、森、森、森。

唯一変わるのは空の色だけで、だんだんと薄暗くなってきた。

風も吹いてきて、まだしっとりしている生乾きの身体を冷やす。
そろそろしんどいし、それから足も痛くなってきた。
歩きすぎ、と言うのもあるだろうが、かかとと指先がとても痛い。
多分靴擦れをしているのだろう。


「まいったな…」


休もうかな…、と思ったが、そんなことをしていれば、じきに回りは真っ暗になって、もっと寒くなるだろう。
こんな熊やらなんやらが出そうな森の中で野宿なんて勘弁していただきたい。


「歩こう…!」


ずりずりと痛む足を引きずり、ただひたすらまっすぐ進んだ。
それから幾らか、髪の毛が乾いたくらいにポツンと灯りが着いている家を発見した。

よかった!と安堵のため息をはいて、ドアを叩いた。

すると、薄くドアが開く。
隙間から見える男の人が「どちらさまですか?」と尋ねた。


「あの、私何だか迷子になっちゃってて、すみませんが、電話を貸してもらっても良いですか?」
「迷子に?それは大変だね。どうぞ」

にこり、と男の人が笑ってドアを大きく開けてくれた。
「どうも」と言って靴を脱いで上がろうとしたが、男の人が靴を履いたままな事に気がついた。


「あ、洋式ですか?」
「洋式?何が?」
「え、靴脱がないのが…」
「普通じゃないのかい?」
「そうですか?最近はそうなのかな…?あ、電話お借りしますねー」
「ああ、どうぞ」



ダイヤル式の電話(だいぶ年期が入ってる)のダイヤルに指をかける。
それから自分の家にかけようとして、ハッとした。

「電話番号…何だっけ……?」


自分の家の番号を忘れるはずないのに。
おかしいな……。

「仕方ない。携帯から……あれ?」


アドレス帳が、消えてる……


え?と思って一度消してもう一度アドレス帳を開く。
が、やっぱり真っ白だ。
やっぱり落ちたときに壊れたんだろうか?でもアドレス帳以外は使えるみたいだし…。
そもそも家の電話番号を忘れること自体おかしい。


「お、おかしい……?でも、あれ?私……わた…」

電話の前でわたわたしてる私を見て、不思議に思ったのか、男の人が「どうかしたのかい?」と私に声を掛ける。

私は、何がなんだか解らなくて、「わた、わた、私…あの!」とカミカミでよくわからないことばかり言う。
そのうち、頭がぐるぐるしてきて、何かがパチンと弾けた。