さて、今日は私のカレンダーの読み方があっていれば10月31日である。つまりはハロウィンである。

「うーん、でも江戸にハロウィンはないよなー」

が、そこで諦めたらハロウィンは終了ですよ。
ということで、

「やるか!ハロウィン!」

* * *

「咲さーん!」
「はい、何でしょう?」
「ハッピーハロウィン!そんでもってトリックオアトリート!」
「はろういん、とりっくおあとりいと、とは?」

最初のターゲットは台所にいた咲さん。咲さんは、はて?と小首をかしげて私に聞く。かわいい。

「ハロウィンって言うのですはね、西洋のお祭りなんです!今日になると、子どもがお化けに変装して『トリックオアトリート!』お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞ〜って言いながらお菓子をもらって回るんです!」
「そのような事があるのでございますか」
「そうなんですよー!ということで、お菓子をくれないとイタズラしちゃいますよ〜!」

ガオー!と手をつけて言えば、咲さんはクスリと笑って、少々お待ちください。と言った。
そして、棚から小さな袋をだして、私の手に乗せる。
中をみれば色とりどりの小さな金平糖だった。

「わあ、かわいい!!」
「ちょうどあってよかった」
「咲さんありがとう!じゃあ、お礼に」

私は袖口に入れていたものを取り出して咲さんに渡す。

「これは、べっこう飴ですか?」
「うん、昨日作ったんです。ちょっといびつになっちゃったけど」

江戸で作れるお菓子なんて、まったく思いつかなかったため、とりあえず砂糖と水だけで作れるべっこう飴を竹串を付けて棒付きキャンディのようにして作っておいたのだ。

「ありがとうございます」と笑う咲さんと別れ、次のターゲットを探す。が、恭太郎さんもいないし先生もいない。どうやら医学所に行っているらしい。

まあ、暇だし、とわらじをだして医学所へと向かった。



医学所について、きょろきょろと先生を探す。が、どこにいるのか、見当たらない。
まあ、急ぐことでもないし、と縁側にすわって足をぶらぶらさせていると、「なまえさん!」と名前を呼ばれた。

「あ、佐分利さん!」
「どないしはったんですか」
「別になにってわけじゃないんですけど、仁先生来てますか?」「はい、むこうで緒方先生と喋ってはります。呼んできましょか?」
「あ、いえ、そこまでたいしたことじゃないんでいいです」
「そうでっか?」


「あの、隣、いいですか?」佐分利さんが聞くので、はいと返事をする。
2人で縁側に座り、何をするでもなく、しばらくボーっとした。
そして、私はハッと「そうだ今日は全力でハロウィンをしに来たんだった」と思い出して、「佐分利さん!!」と彼に詰め寄った。


「な、なんでっしゃろ」
「トッリクオアトリート!」
「は?」
「トリックオアトリート!!」
「あ、あの〜名前さん?それどういう意味で?」


もちろん、意味を知らない佐分利さんは困り顔で首をかしげる。それがかわいくて、ついつい笑ってしまう。

「も〜!なんなんですかぁ!」
「いやあ、すみません」


これはね、西洋のお祭りの言葉なんですよ!とさっき咲さんに説明したのと同じように佐分利さんにも説明する。それを聞いた佐分利さんは「ほぉ〜」と頷いて、「なまえさんは物しりでんなぁ」と言った。

「ということで、佐分利さん!お菓子をくれないとイタズラしちゃいますよぉ〜!」
「え、そ、それはどないな感じで…って違う!その、私、今菓子は持ち合わせとらんくて」
「えー!じゃあイタズラですね」

「残念ですね〜!」と私は手をワキワキと動かし、全力で佐分利さんをくすぐり倒す体制に入る。が、佐分利さんはそんな私をさえぎり「じゃあ!」と何か思いついたように手を打った。

「その、今度でよければ一緒に茶屋に行きませんか!」
「え、茶屋?」
「いいとこ、知っとるんです。」

茶屋って、あれですよね?あの、団子とか、もちとか売ってる、あの茶屋ですよね?

「その、なまえさんさえよければ、ですけど」
「行きます!!茶屋!!行きたいです!」
「え、ホンマですか!」
「はい!」


「うわー、それは楽しみだなぁ!」と佐分利さんとキャッキャッとはしゃぐ。そして、佐分利さんが「楽しみですね」と笑って、それから「な、なんやこれって、あい…」ともごもご言ったと同時に、また「なまえさん」と名前を呼ばれた。そのほうを振り返れば、そこには先生が。


「あ、先生!」
「み、南方先生」
「なまえさん、どうしたんですか?こんなとこで」
「いえ、別にそんなたいしたようじゃないんですけど、」
「あの、私はこれで、失礼させていただきます!」


あわてたように佐分利さんは立ち上がり、作った飴を上げる間もさようならと言う間もなく去っていく。ぽかんとしていると、さっきまで佐分利さんが座っていたところに次は先生が腰をかけた。


「2人で何してたんですか?」
「あのですね、ハロウィンしてたんです」
「ハロウィン?」
「はい、だって今日は、10月31日ですよ!!私のカレンダーの読み方があてればですけど」
「そうか、もうそんな時期か」


「どうりで寒いとおもった」と先生が青い空を見つめて言う。

「で、佐分利さんからお菓子は?」
「佐分利さんはお菓子もってなかったんですよ!だから、イタズラしようとしたんですけど、」
「けど?」
「今度一緒にお茶屋行こうって約束したんで、いたずらはやめときました!」


「えへ、いいでしょ、お茶屋さん!」と先生に言えば、先生は「え、2人でですか?」と聞いてくる。「はいそうです」といえば、もう一度「2人でですか」と聞くので「2人でです」といえば、先生はふっと無表情になって、それからおでこを抑えた。
もしかして、先生もお茶屋に行きたかったのだろうか。


「え、先生もお茶屋さん行きたかったんですか?」
「いや、そういうわけでは、いや、うーん」


「うーん」とうなる先生。どうしたものか、と思っていると、先生がぱっと上げ、「私にはハロウィンのあれ、しないんですか」と聞いてきた。私は「あ、じゃあ」となんとも変なタイミングだが、先生に向かって「トリックオアトリート」と言った。


「私も、お菓子持ってないんです」
「え、はぁ」
「ので、茶屋に行きましょう」
「はあ」
「今から」
「は、えぇ?」
「だって、ハロウィンは今日ですからね」


バッと先生は立ち上がり、私の手をとって歩きだす。
「先生、いったいどうしたの?」と聞いても「ハロウィンですから」としか言わない。
いったいどうしたんだろう。そんなにお茶屋に行きたかったのだろうか。


ハロウィンは口実
(佐分利さん…あなどれないな…)
(先生、そんなにお茶が飲みたいのか…)