不定愁訴外来、通称愚痴外来から出たその時、背後から「いかちゃん」と呼ばれた。

いかちゃん、そんな変な呼び方をするのは多分この世の中でコイツだけだ。
ニヤリ、と何処かのゴキブリ厚労省ににた笑みを浮かべるのはみょうじなまえ。
ただの患者。いや、それでは少し語弊がある。ただの、頭が少しおかしい患者、だ。
私がこの病院にくる度、どこから聞きつけたのか、ふらりと現れては馴れ馴れしく「いかちゃん、いかちゃん」と話しかけてくる。

「いよう、いかちゃん。無視はいかんよ無視は」
「…なにか、ようでも?」
「いやー、今日もいかちゃんの可愛い笑顔が見たくてね」

えへへ、とハニカミながらヤツの口から出る言葉は何回聞いてもなれない。
「かわいい」?私が?それよりいかちゃんとはなんなんだ、何故私がこんな小娘に可愛いなんて、いかちゃんなんて言われなければ…
もんもんと心に渦巻く疑問なのか不満なのかわからないソレを心の中で繰り広げていると、「いかちゃん、眉間にシワがよってるぞー」となまえが呑気に笑ながら言ってくる。

「可愛い顔が台無しだぜべいべ」
「君は一度、島津先生にAIにかけてもらった方がいいんじゃないかな?」

嫌味に言ってみるが、そんなものは通じず、それどころかなまえの顔がパッとする。

「お、いかちゃんごろーちゃんと仲直りしたの!?」
「ご、ろーちゃん…?」
「島津先生のあだ名。命名バイなまえ」

ごろーちゃん、と読んでいると言う事はコイツは、島津にまでも気安く話しかけて、意味不明な事をいって、この憎たらしい笑顔を、屈託のない笑顔を見せているのか。
私だけで無く島津まで、と言う事に無償に腹が立つ。
なんであんな友人もいなさそうな根暗なヤツにまで…

「え、そんなにギリギリ歯ぎしりしてどうしたの?お腹痛いの?」

なまえの小さな手が私の背中に触れる。「大丈夫?フェイタスいる?」などと意味のわからないことを言う。島津にも言っているのか。腹が立つ。

今すぐこの手を背中から剥がしてつかんで島津なんかに話しかけないようにみっちり仕込んでやろうか、と思ったところでハッとした。

これではまるで私が…

ああすてきなこいごころ!
ああ素敵な変心!
(島津に嫉妬してるみたいじゃないか!)
(い、いかちゃん?さっきから百相してるけどほんと大丈夫?)