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※イザシズ大学生パロ


玄関の方から何かが倒れるような音が聞こえたので、ああ、帰ってきたのだなと思った。
携帯の時計を見やれば、零時をとっくに過ぎている。
もう一度パソコンの画面に視線を落とした。
映し出されている大量の情報を見て、そりゃあこれだけ待っていたらこんなに情報も溜まるだろう、と思った。

玄関の方で、ばきんと何かが折れる音がした。

溜息をつきながら画面上の情報を保存し、ゆっくりと立ち上がる。

ぼろくて安い、まさに貧乏大学生の象徴のようなこの賃貸は、少し歩けばすぐに台所が現れ、その横には玄関がある。
そこの汚らしいフローリングに金色の頭を突っ込むようにして倒れているのは、誰でもないこの部屋の主である静雄だった。
あたりまえのごとく玄関のドアノブを握りしめて、とても具合が悪そうにうめき声を上げる静雄を、折原臨也はフローリングと同じくらい汚らしい木製の柱に寄りかかりながら、心底不快そうに眺めた。

臨也はこの時間が、この世で一番嫌いだった。
この時間が訪れるたび、一年や二年のときは深夜に泥酔状態で帰宅することなど一度もなかったのに、と臨也は舌打ちをする。

そうだ、静雄がこんな風に帰ってくるようになったのは、ごく最近のこと。

きっかけはやはりというかなんというか、この折原臨也であった。
これまでの静雄は、バイトや授業がない限りいつも自室にいた。
幼少期に開花し、高校時代にある悪意によってさらに凶暴化した力を持つ静雄には、ごく一部の変わった人間を除いて友人と呼べるほどの存在がいなかったからだ。

何時訪れてもそこにいる。

そんな静雄に苛立ちを感じた臨也は、秘密裏に門田に連絡を取った。
「シズちゃんを飲みに連れてってやってくれない?」
軽い気持ちだった。
自分を待ち続けるだけではなくて、少しは外を覗いてみたらいいと。
そんな軽い気持ちで門田に頼んだ。
それはけして親切心ではない。
外の世界に触れて、自分たちがいる世界の広さを実感すればいい。
ただそう思ったのだ。

結論を言えば、それは成功した。

門田と門田の助言に耳を傾けた数人の常識人たちが、外の世界に触れようという静雄を受け入れた。
静雄は沸点こそ低いが、いくつかの注意事項を厳守すれば手に負えない相手ではない。
飲み仲間ができ、常人とも対等に渡り合えると知った静雄の世界はこれまでと比べ物にならないほど、広がった。
だがそれは臨也にとって、広がり過ぎていた。

静雄はまず、まっすぐ帰らなくなった。
酒がちょうど旨く感じられるようになった時期と重なったこともあるが、何より今まで周りになかった“当たり前”がそこにあったことに、感銘を受けた。
そのうち臨也が静雄の帰りを迎えるようになり、帰りを待つようになってしまった。
臨也にとってこのことは、想定外であった。

気が付けば静雄は毎日のように飲み歩き、泥酔して帰ってくる。

不愉快だ。
臨也は思う。
今の静雄には俺よりも優先したいモノがある。
それは別にかまわない。
臨也にも静雄より優先したい事柄は多くあるし、結局それは“モノ”でしかないから。
ただ優先される事柄が、学業やアルバイトなどではなく、人であるなら場合は変わる。
人は人で変わってしまう。

偶然であれ故意的であれ、これまで何度も見てきた。

人は、人を変える。

「若い俺たちなら尚更なんだよ、シズちゃん」

目の前に倒れている怪物を見た。
唸るように見返す静雄の眼は、酒のせいだろう、随分と揺らいでいた。
今更だが、飲み過ぎ。

臨也はもう一度溜息をついて、やっと柱から体を離した。

それから薄汚れたシンクの前に立ち、自分がつい先ほどまで使ってゆすいでおいていたガラスのコップを手に取った。
蛇口をひねって八分目まで水を入れ、臨也が自身のためにある雑貨屋で買ったプラスチックのソルトケースから塩をスプーン数杯分すくい、それを水の入ったコップに入れてゆっくりとかき混ぜながら、ぐったりとしている静雄に近づいた。

「…なにやってんの、シズちゃん」
「……いざ、や」

焦点の合わない瞳に意味のない涙を溜めてこちらを見つめる静雄に対してまた、溜息。
今日はいつも以上に浴びるように飲んだのだろう。
靴を脱ぎもせずにこんなところで倒れこむのは、深夜の泥酔帰宅の中でも比較的珍しい。
臨也は馬鹿らしいと思いながら、コップを脇に置いて静雄の身体を起こした。

「靴、脱いで」
「んあ…」

触れた静雄の体温は随分と高い。
しかし一向に動きだそうとしない静雄に対して次第に苛立ってきた。
静雄の体温は高く、呼吸は荒く、とりあえずムラムラした。
靴を脱がせる。

「ほら、水」

コップを見せても、静雄はよい反応を示さない。
口元を見た。

今日は吐いてこなかったのか、嫌な匂いはしない。
こういうときは吐いてしまった方が楽だというのに、何を我慢しているのか。
臨也は静雄の頭が仰向けになるように抱え、口が常に開いた状態になるように固定した。

「だらしないよ、シズちゃん」

コップの塩水を一口含む。
臨也はなんとなく顔をしかめ、飲みこまないように注意をしながら、こぼさないように口を固く結んだ。
そしてゆっくりと、静雄の口内に塩水を流し込むように口づけた。

「んん…ふう……」

漏れた塩水が静雄の口元を伝う。
無意識に嫌がる素振りを見せる静雄に無理やり飲みこませたところで、臨也はすばやく静雄から離れた。

数秒。
いや、数分か。

しばらく黙視していると、静雄は突然狂ったように立ち上がりさらに顔色をわるくさせながらトイレに駆け込んだ。
力の加減をしなかったのかできなかったのか、古いトイレの扉は見事に破損していた。

「あーあ、」

汚い音に耳を塞ぎながら、便器に向かって嘔吐している静雄に目を向けた。
臨也は思う。
静雄を待つ時間は嫌いだ。
泥酔した静雄を迎える瞬間も嫌いだ。
ただ。
そのあとに時折やってくるこの時間は、この甘くて汚らしい時間だけは、それなりに嫌いではなかったりする。

「馬鹿らしい」

苦しそうに声を詰まらせる静雄に気をかけることもなく、さてレポートでも片づけるかと、臨也は彼に背を向けた。



塩水



ああ、誰かさんのせいで、喉がカラカラだよ。




20110205
企画「eclipse」様に提出
ありがとうございました!
大学生要素が薄くて申し訳ないです…!!

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