放課後、一年生がよく昼寝をしている場所に尾浜が寝っ転がっているのを見かけ、私は足音に気をつけて近付く。
顔を覗くと気持ちよさそうに寝ている。寝息をたてている尾浜の隣りに座りこんだ。
寒くもなく暑くもない丁度良い気温で、心地良い風が髪を揺らし、ここの木陰は確かに昼寝にぴったりだ。しかし尾浜はどうしてこんな所に寝ているのだろう。もう一度尾浜の顔を覗きこめば、くりっとした目がこちらを見ていた。
「起きてたの?」
「横に誰かが来たのがわかって起きた。まさか名字だとは思わなかったけど」
「どうしてここに寝てるのかなって思って。気持ちよさそうに寝てたからさ」
「もしかして疲れてんの?」
「そんなことはないと思うけど……でも、最近のんびりしてないかも」
「ふうん」
そう言えば、尾浜は欠伸をしてから起き上がり、私を見る。
「名字が将来のために頑張ってるのわかるけど、最近はちょっと無理しすぎなんじゃない」
尾浜は普段よりも真面目な顔をしてそう言った。けれども少しだけ呆れているようにも見えた。
尾浜とは男女混合の実習の際、相手になることが多かった。
罠がある林や山を一緒に抜けたり、私は男装を、尾浜は女装をして周りに気付かれないように町で買い物をしたり。実習以外でも、学園長先生のお使いを一緒に頼まれたこともあった。尾浜以外とも一緒に実習やお使いやらをしたことはあったが、くじで二人一組を作ると、どうしてか尾浜と組むことが多かった。
そういう経緯があって、尾浜は私のことをよく理解しているし、気にかけてくれる。今回も、私のことを心配しているのかもしれない。
「無理してるとか、そういうつもりはないんだ。最近少しずつ上手くいって、それが嬉しくて」
「それで倒れて保健委員にお世話されるなんて、名字だってイヤだろ?」
「まぁ、そうだね」
私がそう言えば、尾浜は軽く頷いた。そして次ににやりと笑って私の手を掴んだ。
「名字、息抜きしよう」
○
突然私の手を掴んで起きあがらせ、尾浜は団子屋に行こうと言いだした。服を着替えるのは面倒だし、今から行けば帰りが遅くなるだろうと伝えても、尾浜は私の手を引いてズンズンと足を進める。
「庄左ヱ門が新しく出来た店を教えてくれたんだ。なに、しんべヱのお墨付きのようだから安心してくれ。それに案外近いんだ」
「それ、尾浜が食べたいだけじゃん」
まあなと、素直に言う尾浜は歯を見せて笑う。
「名字もさ、菓子食べるの好きだろ」
彼らは成長期ということもあり、一緒に食事をするとこれでもかと思うほどよく食べる。
尾浜は甘味も好きで、菓子を食べに行こうと時たま誘われる。彼が教えてくれるお店は美味しいので、結局楽しんでしまうのだ。
「さぁ、行こう」
○
パクパクとお互い無言でお団子を食べる。自分の前に置かれたお皿には串が数本置いてあり、もう終わりにしないと本当に夕飯が食べられなくなるだろう。ここらで止めようと最後の一口を豪快に口に入れる。くのたまとして、いやそれ以上に女性として駄目だろうと言われそうだが、目の前にいるのが慣れ親しんでいる尾浜ならいいだろう、と言い訳をする。
口の端に餡が付いてしまい、はしたないとは思ったが中指で取り指を舐める。前に座った尾浜はその場面を見ていたのか、ふふっと少し抑えた笑い声がした。恥ずかしくて彼の表情を窺えば、視線が合った後、彼は上唇を舐め、目を細めた。
あぁ、この目は最後の一本を食べたいと言っている目だ。
何度も一緒に食事をしているからか、食事をしている時の尾浜の言いたいことは表情でわかるようになった。残りの一本を彼に譲ると嬉しそうに笑って彼はお礼を言った。
「食べた食べた」
勘定を払い、夕日を背に学園への道を歩く。久しぶりに何も考えずに甘いものを食べ、気分が良かった。学園に帰ったら頭を働かせようと、課題を思い浮かべていた時、尾浜が私の名を呟いた。
「名字、今日は付き合ってくれて有り難う」
「いや、私も久しぶりに尾浜とこうして出掛けることができて良かった」
「やっぱり甘いものは良いな」
「うん、気持ちが楽になる」
しんべヱくんのお墨付きなだけあったな、と思っていると尾浜は私の様子を窺いながら「息抜き出来た?」と聞いてきた。
「うん。さっきも言ったでしょ。良かったって」
「そう。なら良かった。お互いにとって良い時間になったってことだな」
「そうだね、でもあんなに食べて夕飯大丈夫なの?」
「平気だよ。いけるいける」
烏がカァカァと鳴くのを聞くと、ああ帰らなくてはという気持ちになる。ふうと息を吐く。すると尾浜は少しだけ私に近付き私の名を呼んだ。
「名字さ、くの一教室には委員会がないから俺たちのこと羨ましいって、前に言ってただろ? でも、最近名字はいろんな学年と交流があるみたいだから、良かったなって」
「そうだね。前よりもずっと、いろんな人と話して、お世話になってる」
「今の方がいいと思うよ。一人で机に向かってひたすら勉強するより、いろんな人と話して、関わって、助けられて。それで周りに何かあった時、名字が助けてやればいいんだ」
「うん」
「けどさ、時々でいいからさ、俺たちとも町へ出掛けよう。俺も、名字だって、ずっとここにいるわけじゃない。先輩たちが卒業したら、次は――」
「うん」
前は、新野先生や伊作先輩に教えてもらう頻度も、外に出掛けることもずっと少なかった。机に向かって一人で勉強していることのが多く、それを心配して五年の彼らが私を町へ誘ってくれていたのだ。甘いものを食べようと、尾浜が一番よく誘ってくれた。
「もう、五年生なんだもんね」
時間が時間だからか、少しだけ寂しくなる。卒業までまだ一年以上あるというのに。そんな気持ちを紛らわそうと、すぐ隣りにいた彼に軽く体当たりをすれば「何だよ」と困ったように笑った。
「尾浜が良いこと言うから、ちょっとだけ寂しくなったの!」
「……今のちょっと可愛いなって思った。くの一ってほんと怖い」
「ちょっと待って、今のは素直に可愛いって言えばいいのに。最後のほんと余計」
学園が見えたことを尾浜に伝える。夕飯は何だろうと独り言を呟く彼に思わず笑ってしまった。ついさっきまで、お団子を食べていたのにまだ食べれるのかと。豆腐かもね、と言えば少しだけ眉を寄せる。なんでも、つい先日、豆腐だらけの料理を振る舞ってくれたようだ。
「兵助と豆腐には悪いと思うけど、当分豆腐はいいや……」
「そんなに思うくらい食べたの?」
「なんか名字は毎度上手い具合に用事が入ってるよなぁ」
「くの一教室とは授業が違うからねぇ」
学園の上の方には薄暗い空の中で一番星が綺麗に輝いていた。
20161022