完結
 くの一教室にいる女の子たちは、ただの女の子ではない。そういうことは学園で生活していけばわかることである。

 私だって、まぁ、その女の子に入るわけだ。今まで一度も悪戯をしたことがないわけではない。授業にまだ余裕のある低学年の頃はちょっとした悪ふざけを何度かした経験がある。今は空き時間があれば知識を蓄えるために勉強をすることを優先するが、その頃は将来になりたいものはあっても、空き時間のほとんどを勉学へ注ぎ込むような気持ちにはなっていなかった。

 低学年の頃にした悪戯によって知り合って、私を見かけると必ず声を掛けてくる忍たまがいる。

「おや、名字名前先輩ではないですか」
「……平滝夜叉丸、久しぶりだね」
「先輩お久しぶりです」 

 平滝夜叉丸に、お饅頭を渡したことがある。
 皿の上に乗せたお饅頭を、彼に選ばせて食べさせたのだ。「授業で作ったの、私だけでは食べきれないから貴方も食べて」とか、そのようなことを言って皿を差し出したような気がする。
 ほとんどのものは問題のない、美味しいものだ。ただ、その中に一つだけ、悪戯用に作ったお饅頭が混ざっていた。彼はその一つを取ってしまったのである。
 お饅頭を食べた結果、彼は二日程お腹に違和感を感じたようだった。原因が私のお饅頭だということは、幼い彼にも十分わかったらしい。

 それからしばらくして、彼は私を見かけると声を掛けるようになった。
 彼は私のお饅頭に対して怒っていて文句を言うために声を掛けてくるのではない。
 彼は、私が彼のファンであるからお饅頭を渡したと勘違いをしている。その上、頑張って作ったものの、料理が下手なせいでお腹の調子が悪くなったと考えたのだ。

 入学当初から派手な外見の生徒が多い学年だった。
 挨拶をすれば歯を光らせたり、薔薇や星やらが背景に飛んでいるような生徒がちらほらいるのだ。
 元々滝夜叉丸の噂は聞いていたし個性的だとは思っていたが、まさかそんな思考に至るとは思ってもいなかった。
 そもそもアイドルを自称している田村三木ヱ門ならともかく、何故彼にファンだと間違えられたのか甚だ疑問である。別に彼が嫌いなわけではないのだが……。

 平滝夜叉丸は私の料理下手を励まそうと毎回声を掛けてくる。彼のそういう優しさは良いところだとは思うが、別に私は彼のファンではないし料理が下手なわけでもない。


「先輩、最近は薬などの調合をしていると聞きましたが、料理の方はされていないのでしょうか。もし料理をなさった際は是非ともこの平滝夜叉丸が味見をいたしますよ」

 未だに私を料理下手と勘違いしている。

「ああ、ちなみに私は忍術学園四年生の中で料理の腕前に関しても一番を自負しております」
「はあ、それはそれは」

 悪い子ではないことはわかっているが、どうも難しい。今も相変わらず一つ喋ることに何やら動きを変え、決め顔でこちらを見たり彼の武器である輪子をくるくると器用に回している。これは、ファンサービスなのだろうか。

「そういえば、先輩は金吾と親しくなったのですね」
「ああ、うん。友達になったの」

 そういえば、滝夜叉丸も体育委員会だったなと思い出す。普段自信満々の自惚れ屋だが、委員会の時は後輩の心配をしたり七松先輩に振りまわされてぐったりしている様子を度々見かける。
 七松先輩の良いところはもちろん知っているが、後輩が振り回されている様子はなんとも可哀想に思えてくる。そしてそんな時の滝夜叉丸には普段よりも親近感を覚える。委員会の時に彼を心の中で応援していたことが何度かあり、私は少し恥ずかしくなる。時々ファンになったような気を持つからだ。
 それでも、普段の自惚れ屋の彼と会話をするとファンであるはずないなと思ってしまう。そのくらい彼の自慢話は長くめんどくさい。

「金吾はまだ少し甘えの見える時もありますが、しっかりしてますからね」

 そう言った時の滝夜叉丸の表情は「委員会の先輩」の平滝夜叉丸の顔であった。
 もう少し、自分の話が減れば滝夜叉丸のことを尊敬する後輩が増える気がするんだけどなぁと思うものの、そうなればもう私の知る「平滝夜叉丸」ではないような気もした。ファンであることは否定するが、案外私は彼が好きなのだと思う。
 彼はまた『学年一位の平滝夜叉丸』になってしまい、自分の料理の腕前を自慢してくる。ああもう、と少々苛立ってしまった私は、彼の言葉を遮り彼の腕を掴んだ。

「滝夜叉丸、もうわかった。今から一緒に食堂に行こう。私が本当は料理が下手でないことを見せてあげるから」
「先輩の作ったものでお腹を壊しても私は気にしませんよ」
「……だからあれは悪戯だったんだって」


 食堂に着いておばちゃんに何か軽いものを作らせてもらいたいとお願いし、了承を得てから調理へ取りかかる。滝夜叉丸はうずうずとした様子で少し離れた様子で私を見ている。

 夕食食べられなくなるとダメだし簡単に作れて簡単に食べれるものにしよう。卵があるから卵焼きでいいか。あんまり材料使っても申し訳ないしな、と言い訳をするが、正直滝夜叉丸からのうずうずとした視線があまりにも気になってすぐにでも終わらせたくなったのだ。
 卵を溶いている時に後ろから「む、それは……」と少し気になる声が聞こえたが知らないふりをして作業を進める。料理が下手なことを見せてあげると言いながら簡単なものを作っている気もするが、しかしシンプルで簡単なものこそ本当に料理が出来るかどうかがわかるものだと思う、と再び言い訳をする。


「はい、どうぞ」

 ほかほかと湯気が立った卵焼きを差し出せは少し悲しそうな顔をした滝夜叉丸がいた。

「私は、卵焼きより目玉焼きの方が好きです」
「今回は好みじゃなくて、味がどうか聞きたいんだけどなぁ」

 しょんぼりした表情のまま、箸を取り一口食べるとちらりと私の方を見た。小さく頷き、少しだけ恥ずかしそうにしながら「美味しいですよ」と普段よりもずっと小さな声で言った。

「美味しいです、本当に。……しかし先輩は私が目玉焼きの方が好きだと知っていると思っていました」
「そんな話、したことあったっけ」
「あれ、ありませんでしたっけ」

 彼も急に自信を無くしたようで、少し困ったよな顔をする。珍しい表情だった。しかしすぐにまたきらきらとした嬉しそうな表情に変わる。

「先輩に私のことを知ってもらえばいいだけのことではないか!」

 まるで自分に言い聞かせるようだった。自信満々といった顔で滝夜叉丸は私を見た。

   ○

「あれ、先輩」
「あぁ、金吾くん」

 滝夜叉丸はあれから長く語った。改めて自己紹介をし、趣味特技、好きな食べ物苦手な食べ物、自分の好きなところ、明日の予定。さまざまな話をしていった。
 自分の話をあそこまで一気に話せる人は他にいるのだろうかと思うほどで、しかし途中から純粋にすごいなとすら思い始めた。
 自惚れはあるが、滝夜叉丸は自分のことをしっかりとわかっている。
 最後に課題点を話すと、こうしてはいられないとでも言うように挨拶をして走って食堂から出て行った。

「滝夜叉丸見た?」
「はい。すっきりした顔で走っていってしまいました」
「そう、ならまぁよかったのかな」

 卵焼きは残ってしまったけれど。
 本気で料理が出来ることを誇示したかったわけではない。下手ではないよと伝えたかったのだ。それはまぁ、伝わったのだろう。そう思い、もう冷めてしまった卵焼きを一口食べた。

「名字先輩が焼いたのですか」
「そう、滝夜叉丸に食べさせようと思って。全部食べなかったけど」

 どうして私が滝夜叉丸に料理を作ってあげたのかはわからないようで、首を少し傾げたが、すぐに金吾くんは手を少し遠慮気味に挙げた。

「ぼくも、先輩の卵焼き頂いてもいいですか」
「お腹壊す薬が入ってるかもよ」

 もうあと少ししか残っていない冷めた卵焼きを彼に食べさせるのは忍びないと思ってついそんなことを言ってしまった。すると目を大きく見開いて、驚いた顔をした金吾くんは挙げていた手を静かに下げながらぎゅっと目を閉じた。

「せ、先輩が作ったものなら、経験としてありだと思います」

 そう言いながら、目を閉じて眉をきゅっと寄せた顔はどう見ても食べたいように思えない。

「はは、冗談だよ。さっき私もこれ食べてたでしょ。冷めてるから食べてもあまり美味しくないよ」

 私がそう言えば、ゆっくりと目を開け、金吾くんはぱちぱちと瞬きをした。

「先輩がそういう冗談を仰るとは、思っていなかったので驚きました」
「冗談は言うよ、でも今はもう薬草の怖いことも知ってるから、薬を使った悪戯はしないんだ」
「そう、なんですね……」

 金吾くんはつい先ほどまで滝夜叉丸が座っていた席に座り、私の方を向いた。机の上に手を置いて、少し身を乗り出す。

「名字先輩、やっぱりぼく、先輩の卵焼き頂きたいです」
「えっ? まぁ、そこまで言うならいいよ。どうぞ」

 新しい箸を渡すと金吾くんはわくわくとした様子で私が作った卵焼きを口に入れる。すると嬉しそうな顔をして「美味しいです、先輩」と笑った。

20160910

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