完結
 乱太郎くんにお礼を言った後、少しして三人はお店を忙しく出て行った。なんでも午後からは別のアルバイトがあるらしかった。
 すれ違いにならなくて良かったねと金吾くんに言い、お店の奥の席へ案内するように背中を優しく押すと首を傾げながらも金吾くんは私に従った。

「ここね、私の好きなお店なの。で、ここは私がいつも座る席。昨日は元気くれたし、今日も乱太郎くんのところまで案内してくれたでしょ。そのお礼にお団子をご馳走するよ」
「えぇ、そんな!!」
「いいのいいの。あ、おじさん、お団子四つ!! あと帰りにお饅頭三つ買ってきます」

 最近町に出ないからお金を使ってなかったし、お礼に対するお金をケチるのもどうかなと思う。追加でもしようかと提案すれば金吾くんは必死に首を横に振った。足りなかったら言うんだよと言えば、曖昧に笑うだけだった。
 なんだかもう少し我が儘を言ってくれてもいいのになぁと思うが、私たちは会話らしい会話をしてからまだ数日しか経っていないことを思い出す。私が勝手に金吾くんに対して親しみを持っているが、金吾くからしたらよく知らない異性の先輩に何かおごってもらうなんておかしいのかもしれない。

 うーんと、いろいろ考えてしまうが、ここまできたら私の意地で今日はこのままお節介な先輩でいるしかない気がした。
 少しすると亭主のおじさんが「おまちどうさま」と言い、美味しい匂いと共に現れる。
 甘い匂いに大きく息を吸うと自然と生唾を飲み込んでしまう。お茶と一緒にお団子が机に置かれ、私がお礼を言うとおじさんは優しく笑い、お団子は後で渡すねと言って厨房の方へ入っていった。

「ええっと、はい。ここのお団子美味しいよ。さぁ食べて」

 気持ちを切り替えて彼の方へお皿を置く。美味しいよとゆっくりと言えば、彼は小さく頷いた。

「お饅頭の方はね、乱太郎くんたちにお土産として渡してほしいの。乱太郎くんに言葉だけってのも失礼な気がするし、でも乱太郎くん一人だけなのも変かなって」
「うーん。そこまで気にしなくてもいいと思うんですが……」

 金吾くんはそう言ってお団子を一本取り、一口食べるとぱぁっと幸せそうな顔をして目を細める。周りにお花が舞っているかと思うくらい嬉しそうな表情に安心した。

「先輩、美味しいですね」
「でしょ」

 一本取って私も食べてみる。ああ、相変わらず美味しい。優しい香りのするこのお茶とも非常に合う。ことりと机に湯のみを置いて金吾くんを見れば彼も同じようにお茶を美味しそうに飲んでいた。
 もっちりした感触が癖になったのか金吾くんは味わうようにきらきらとした目をお団子に向けながらもう一口お団子を食べる。美味しそうに食べる姿を見るのはなんだかこちらも嬉しくなるものなんだなと知る。別に食堂でだって、そういう姿を見ることはできるのに、どうしてだろうか。二人きり、だからだろうか。

   ○

 お団子を食べ、勘定を払った時にお饅頭を受け取り店を出る。金吾くんは何度もお礼を言い、私も何度も気にしないでと言った。
 歳の差のせいで、私がひどく年上ぶってしまっているのだろうか。なんだか逆に申し訳なくなって、次にお礼をする時はもっと別の形でお礼をした方がいいのかもしれないと思った。


 町をふらふらと見た後、じゃあそろそろ帰ろうかということになった。
 帰り道は会話は行きよりも少なく、少しだけ静かだった。しかしそれは、イヤな空気というわけではなかった。今考えると、行きの金吾くんは少し緊張していたのかもしれない。緊張のあまり無言の時間が無いようにしたのだろうか。もしもそうなら、私は気付かなければいけなかったはずだ。

 私も緊張していたのかもしれない。
 私は先輩だから、と。無意識にそういう気持ちを持っていたのかもしれない。
 はぁとため息をついてしまい、それに気付いた金吾くんはすかさず私の方へ顔を向けた。

「先輩?」
「ごめん、金吾くん。今日の私、ちょっと空回りしてたかも」
「そう、でしょうか」
「……イヤじゃなかった?」
「はい。ぼくのためだったのでしょう? イヤなわけありません」

 本心で、そう言っているような表情に胸が少し苦しくなる。ごめんなさいという気持ちと、有難うと思う気持ちが混ざり合ってきゅっと胸を締め付けたのだ。

「金吾くんは優しいなぁ」
「先輩も優しいですよ」


 少し距離が縮まった気がする。金吾くんとの距離が。
 金吾くんと接すると、自分の未熟な部分を見つけてしまうなと思った。
 恥ずかしくて、イヤだなと思うが、金吾くんといるとそれを含めて成長へと結び付けられるような気になる。そんな簡単に上手くいくとは思ってはいないが、それでも、だ。
 彼と話すと勉強になる。知識とかの話ではなく、彼の考え方や性格はとてもまっすぐで素直だ。彼のそういう面を私はきっとこれからも様々な場面で感じて、それを自分に活かしていけたらいいと思っていくのだろう。

 友達とは、そういうものなのだろう。先輩後輩とは、そういうものなのかもしれない。片方が与えられるだけではいけないのだ。今までの友達がそうでなかったのではなく、金吾くんと接したから気付けたことなのだと思う。

 さまざまなことに頭を働かせて考えてみたが、なんだか恥ずかしくなってしまった。ああいやだ、こういうのは今頭を働かせて考えても恥ずかしいだけだ。
 私は頭をぶんぶんと振り、気持ちを紛らわせるように金吾くんの名前を呼んだ。

「金吾くん」

 さあっと風が吹く。
 結んだ髪が揺れ、金吾くんはゆっくりと私の方へ振り向いた。

「金吾くん、今日一緒に町に行ってくれて有り難うね」
「今日はお礼としてお団子を頂きましたし、お礼も言ってもらいました。十分すぎるほどに。……ぼくの方がなんだか申し訳ないと思うほどなんですから」
「言い足りないんだって」

 気にしなくていいのに。金吾くんは少し口を尖らせて言う。その姿にふふっと笑ってしまった。


 ゆっくりと学園へ帰った。まだ空は青く、お天道様は輝いている。
 帰り道は、彼が鼻歌を歌うのを聞いたり、彼が学園に入学するまでにあった学園の出来事を私が話した。七松先輩と出会った時の話をした時はとても食いついてきた。金吾くんからしたら出会った頃から既に“最上級生の七松先輩”だったのだから、新鮮だったのだろう。
 いろんな話をしていたら学園が見えてきた。ああ、もう帰ってきてしまったのかと思うと、隣にいた金吾くんは私の名前を呟いた。
 
「今日は一緒に町に行けて楽しかったです。名字先輩の好きなお店で一緒にお団子を食べたの、すごく嬉しかったです。改めて、ご馳走様でした」

 金吾くんはそうゆっくりと言い、歯を見せて子供らしく笑う。
 しかし、その後の一瞬伏せた瞳にはそれとは違った表情を垣間見た気がした。

 私は二年生の頃の七松先輩を知っている。先輩が二年生から少しずつ大人に近付いていった姿を知っている。けれども、金吾くんのそういう部分はほんの少ししか見ることができないのだ。それは、残念だなと思う。

 お昼過ぎ、私は金吾くんに対して子どもっぽさが無くならないといいと思った。しかし今は、不思議と彼の成長した姿を見ることが出来ないことに対して残念に思っているのである。おかしいなと思うが、彼はどんな成長を遂げるのか、やはり見てみたいとも思うのだ。


「先輩、どうしたんですか? もう着きますよ」
「ううん、なんでもない。さぁ入ろう」

 門を開け、ただいま帰りましたと言うと小松田さんののんびりとしたおかえりなさいという声が聞こえた。
 さらさらと風が吹く。金吾くんの前髪が微かに揺れた。

20160814
20161003 修正

- ナノ -