朝まで金吾くんに対して感じていた不安や悩みは既にすっきり消え去っていた。その上私は彼に頼もしさを感じていた。一生懸命な姿に私も頑張ろうと思うくらいには、彼の言葉に勇気をもらっていた。
その後少しだけ話をしていたが、彼の級友が現れた所で会話を切り止める。金吾くんは「またお話しましょう」と言い、級友と共に忍たま長屋方へ去っていった。
私も自分の部屋に戻ろうかと考えながら歩いていると、再び七松先輩と会う。
「おお名字、探していたんだ。これ、伊作が欲しがっていた薬草でな。さっき留三郎と出掛けた時に見つけたんだ。伊作に持っていってくれ。勉強に使うなら少しくらい名字がもらってもいいと思うぞ」
先輩は私の背中を叩いて袋いっぱいに入っている薬草を渡し、ぐっと私に顔を近付ける。
「伊作を利用しろ。……私を利用するのもいいぞ。技術を盗むつもりでやるんだ。ただ、利用するなら上手くやれ、下手に利用すると面倒なことになる奴らがここには多いからな」
冗談なのかどうかわからない調子で先輩はそう言い、今度は肩を組んできた。にんまりと笑った顔は少し怖くもあるが、私を気にかけてくれているようなことがわかって嬉しかった。
これからまた用があるという先輩にお礼を言って医務室へ向かう。金吾くんや七松先輩のおかげで私はなんだか前よりも少し前向きな気持ちになれた。
「失礼します」
「どうぞ」
部屋の中に入ると、伊作先輩が何か書きものをして机に向かっていた。どうやら新野先生は町に買い物に行っているらしい。
「先輩、七松先輩が伊作先輩にと……」
薬草の入った袋を渡すと少し驚いた顔をして先輩は笑った。
「はは、はやいな。嬉しいけど今回はどうしてこんなにすぐ取ってきてくれたんだろう」
「先輩はいつ薬草の話を?」
「今日の朝だよ。無くなったから取りに行かなきゃなーって、食堂でね。お礼を言っておかなきゃな」
伊作先輩は嬉しそうに弾んだ声でそう言った。
七松先輩がさっき言った言葉を思い出して私はもしかして、と考える。
「私も、七松先輩にお礼を言わなくては……」
「君も何かもらったの?」
「助言を」
「へぇ、やるじゃないか小平太」
にこにこと嬉しそうに先輩は笑う。
七松先輩が今日薬草を取りに行ったのは偶然かもしれない。けれども、私には偶然には思うことが出来ず、先輩によって与えられた機会のように思えた。
先輩があの時言った「利用しろ」という言葉は、この薬草を使っていろいろと教えてもらえということではないだろうか。……考えすぎ、だろうか。それでも今は確かに“その時”だ。私はそれを無碍にしてはいけないことだけはしっかりとわかっていた。
「先輩、突然ではありますが、また今日もいろいろと教えていただきたくて……」
「うん、もちろん」
それから、町から帰られた新野先生も途中から加わり私はお腹が鳴るまで薬草や毒草、薬について学んだ。外を見ると空は綺麗に色付き、烏がカアカア鳴くのも聞こえ、新野先生は「今日はここまでにしましょうか」と一言仰った。
なんだか今日は、普段よりもずっと集中できたような気がした。教えてもらっていることを細々と書いた紙を見て少し誇らしくなる。
「あっ、そうだ名字さん。これ、乱太郎に手伝ってもらったものでね、薬草、毒草を描いたものをまとめたんだ。説明はわかりやすくしたつもりだから、もしよかったら勉強の時に使って」
「えっ、あ、有難うございます!」
何枚も絵が書かれた紙は綺麗に桃色の糸で綴じられている。
頭を下げてもう一度お礼を言うと「乱太郎にもお礼、言ってあげてね」と優しい声で言われた。ああ、今日はなんていい日なんだろうと思いながら何度も頷く。綴じてある糸を優しくなぞると今日のいろんなことを思い出して少しだけ泣きそうになった。
○
今までだって、助けられたことや教えてもらったことは沢山あった。けれども今日はそれまで以上にいろんな人の優しさに触れたような気がする。
「よーし、頑張ろう」
自室の机に向かって今日の復習を行う。
先輩と乱太郎くんによって綴じられた本を開くと薬の匂いがする。普段は何も思わない匂いだが、今日だけは違った。それはとてもとても、優しい匂いであった。
20160807
20161002 修正