完結
 これは私よりも小さいが、強くて優しい男の子とのお話である。



 ここ数日、視線を感じる。特に食堂、図書室で強く。
 厄介なことに、その視線を送る人間はわざと私が気付くようにしているのようだ。どうにか私の方から声をかけてほしいらしい。
 視線を感じ、辺りを見渡すと少し恥ずかしそうな顔をした忍たまがいる。私はその理由がわからなくて、それに気付かなかったようにすぐに視線を外して逃げるしかなかった。それがもう何日か続いている。
 1年は組の皆本金吾くん。最近の悩みの種である。


「ああ、えっと……」

 どう対応するのが良いのかがわからない。
 挨拶をしたことはあるし、学期の途中から学園に入学したという話も聞いている。戸部先生にお世話になっていることだって、知っていた。しかし彼とちゃんと話をしたことはなかった。
 よく知らない相手に何日もじっと見られるというのは、例え年下の忍たまであっても不気味に思う。知らないところで何かしてしまったかと夜更けまで考えたこともあった。

 朝、起きて決心をした。今日視線を感じたら彼に話しかけようと。

「み、皆本……金吾くん?」

 私がそう声をかけてみると、彼は恥ずかしそうにしながらも「はい」と大きな声で答え、走ってきた。

「名字名前さん、実はずっと伺いたいことがあったんです!!」

 興奮したように小さな手をぎゅっと握って、きらきらした目をした金吾くんは質問をしてきた。

「先輩のお父上は刀鍛冶をなさっていると聞いたんですが」
「ああ、うん」

 確かに、私の父は刀鍛冶だ。父は今までに一度として父の刀を見せてくれたことはなかったが、家に何度か剣豪が訪ねてくることがあったし、戸部先生も父のことを知っているらしい。
 しかしどうして彼がそれを知っているのだろう。先生方やくのたまの友人は知っているが、忍たまに父について語った覚えはなかった。

「先日、刀について調べる宿題が出たんです。戸部先生に本物の刀を見せてもらいながらやってて……。その時、戸部先生は先輩のお父上の刀もとても素晴らしかったと仰っていました」

 目をきらきらさせて私に一生懸命伝えようと、彼は少しだけ私に近付く。

「その、前々から刀については学ぶべきではあると思っていて……もしよければお話をしていただけないでしょうか」
「ええ? それで最近私のこと見てたの?」
「はい。ずっとお話を伺いたいと思っていました」

 くのたまの、しかも五年の私に声をかけるのはなかなか難しかったのかもしれない。彼が剣豪の息子で、戸部先生のことを尊敬していることは聞いていたが、まさか刀鍛冶の娘だと知って刀について話を聞きたいと尋ねてくるほどだとは。
 一生懸命な彼の姿にうっかり頷きそうになる。

「そうだったんだね。確かに父は刀鍛冶だよ。でもごめんね、父は私に仕事をしている姿を見せてくれなかったの。私が女の子だからか、子供で危ないからだったのか。父もいろいろ思うところがあったんだと思う。それに刀鍛冶の娘なんだけど、私自身は知識も授業で学ぶ程度で……」

 正直に話すと、金吾くんは目を大きく開いて驚いた顔をした。

「そうだったんですか。すみません。……先輩はあまり刀とか、お父上のお仕事に興味はなかったんですか?」

 純粋に、不思議そうに尋ねる金吾くんがなんだか可愛く思えた。ついさっきまで、彼の視線が悩みの種であったのに。

「えっとね、うーん。そうだなぁ、特別、興味は持たなかったなぁ。父のことを尊敬はしているけれど、私は薬や病気とかに興味があったの。薬師になりたいなぁって私はここに入学する前から思ってたんだ」

 彼に伝わるようにゆっくりとそう伝えると、金吾くんはうんうんと何度も頷いてみせる。なんとなく私に共感するものがあるのかもしれない。

「ぼくは学園に入る前から、剣豪である父と同じ道を進みたいと思って、頑張っています。学園に入る前から夢を持っているというのは、先輩と同じですね」

 彼は嬉しそうに笑った。一年生ではあるが、彼はとてもしっかりとした子らしい。
 忍たまの下級生と関わることが少ないため、まだなかなかうまく距離感がつかめていないが、彼は私が思っているよりも子どもではないようだ。

 そんな時、勢いよく何かが私たちの横を通り過ぎた。

「うわっ」

 砂埃が舞い、目を閉じるとすぐにまたどたどたという足音が近づいてくる。

「金吾に名字じゃないか!!」

 砂埃も落ち着き、すぐ横を見ると七松先輩が泥だらけになりながらにこにこ笑っていた。

「珍しい組み合わせだな」
「まあ、はい」
「七松先輩はいかがされたんですか」

 金吾くんは少し嬉しそうに七松先輩に質問した。そうか、彼は体育委員会だったか。同じ委員会の先輩が声をかけてくれるというものはやはり嬉しいものなのかもしれない。くのたまには忍たまのような委員会がないからわからないが……。

「裏裏山まで軽くランニングな。ただ留三郎に呼ばれていたのを思い出した」

 ガハハと元気よく笑いながら先輩は金吾くんの頭を掴んだ。可愛がっているつもりだろうか、金吾くんの首が少々心配である。

「そういえば名字、まだ薬草の見分けがついてないみたいだな。伊作が俺に薬草のある場所を聞いてきた」
「ああ……はい。そうなんです。いつも手伝ってもらっている先輩には申し訳なくて……」
「名字は怪我の手当ても包帯の巻き方もいいのになぁ。まあ私たちが卒業するまでにはきっと見分けられるさ」

 頭をポンと撫でられ、先輩は挨拶をするとすぐに去っていった。
 はぁとため息をつくと金吾くんが心配そうな顔をする。

「えっと、気にしないでね。伊作先輩とか新野先生にいろいろと教わっているんだけど、なかなか薬草の見分けが難しくてね。こういうのは間違えてしまっては大変だから、厳しめに指導してほしいって、お願いしたんだけど……」
「将来のため、ですね」
「私、本当にまだまだなんだ」

 先輩方に教えてもらうように頼んだのは去年からだったろうか。授業だけでは足りないからと、伊作先輩にお願いした。新野先生はお忙しいはずなのによく声をかけてくださる。
 しかし、難しい。様々な草が生えている中で目当ての薬草を探すのはとても大変だ。先輩に見せにいったらただの雑草だった……なんて、山ほどあった。

「向いてないのかな」

 無意識に、金吾くんがいることを忘れてそう呟いてしまった。
 ついさっき、夢について語っていた金吾くんの前でなんてことを言ってしまっただろうと、すぐに彼の方を向けば彼は少し怒ったような悲しいような顔をしていた。

「そ、そんなこと言ってはダメです!! 先輩、ぼくは前、ナメクジが苦手でした。でも今は違います。苦手なことが変わっていくこともあるんです。……ぼくは将来のために頑張っていて、確かにすぐに成果は出ませんが、きっといつかのぼくの力になると思うんです。その、大変だとは思いますが、ぼくも頑張るので、一緒に頑張りましょう!!」

 懇願するかのような彼の言葉に驚く。今日会話をするまでは他人といってもいい関係だったのに、彼は一生懸命にそう私に訴えた。
 圧倒されてしまった。私よりも小さな男の子のお願いに私は何度も頷いた。

「うん、うん。有難う、すごく嬉しいな」

 嬉しかった。一生懸命に訴えるその姿が頼もしいとすら思った。

「有難う、金吾くん。嬉しいな、金吾くんにそうやって言ってもらったら頑張れそうだな」

 私がそう言うと恥ずかしそうにしながら金吾くんは大きく頷いた。

20160730
20161105 修正

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