完結
 一瞬、名字の体がびくりと動いた。
 さっきまで下ろされていた名字の手は心臓を落ち着かせるように胸を押さえていた。視線は、合わない。

 自分の口から出た言葉に驚いた。
 自分でもどうしてそんなことを言ったんだろうって、思う。けど、自然と言葉が出ていた。自分の声が少しだけかすれていた気がする。それを思い出して、少しだけ顔が熱くなった。もしかして、赤くなってるか?

 俺は、名字のことが好きなのか?
 本当のことを言えば、よくわからない。
 名字のことは中学の時から知っていたし気になっていた。野球が好きな女子。毎年夏になると日焼けで真っ赤になった顔で嬉しそうに笑っているのを見かけたからだ。

 一度だけ、名字が泉の机に置いてあったグローブを羨ましそうに見ていたのを見たことがある。触りたかったのか手を伸ばして、途中でひっこめていた。
 悲しそうな顔をして教室を出ていったの見て、なんだかむちゃくちゃ頭を撫でくり回したくなった。名字がかわいいとか、かわいそうだとかなんだかよくわからないぐちゃぐちゃした気持ちになって、俺は前よりももっと名字が気になった。
 俺のグローブを貸してやってもよかったし、野球の話もしてみたかった。でも、同じクラスになって名字が俺を好きじゃないことをなんとなく感じていたし、野球が好きなのに野球部と仲良くしようとしないし話しかけないからそんなもんかなーなんて思って過ごしていた。


 好きっていう気持ちは、よくわからなかった。
 野球は好きだ。
 楽しいし、誰に聞かれたって自信を持って好きだと言える。ただ、名字に対する気持ちは、野球を好きだという気持ちとは少し違う。
 なんだか気になるなーなんて子は今までにもいたし、多分初恋もちゃんとあった。それでもはっきりしない。
 名字に対して持っている気持ちは、あんまり自信ない「好き」だった。

 じゃあ俺のこの口から言った、名字に言ったこの好きってのはどんな「好き」なんだろう。


「ごめん。なんか俺もよくわからないんだ。でも」

 付け足すようにそう言えば、名字はグローブを見ていた時のような悲しそうな顔をした。悲しそうに力なく笑ってバイバイと背中を向けて歩いて行った。

 その悲しそうな顔を見て、あの時とは違ってなんだか悲しくなった。胸が痛いって、こんな感じかな。ぎゅって心臓が締め付けられるような感じ。
 何が言いたかったのか、どうしたかったのか、自分でもよくわからなかった。

20130221 修正
20171012 再修正

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