完結
 西浦が試合を行う時間、急に親戚の家に行かなければならなくなり試合に行くことはできなかった。
 帰りの電車でクラスメイトからの「負けちゃったよ、うちの学校」というメールで試合結果を知った。普段顔から文字を多く使って、可愛らしいメールを送ってくる子である。
 今回の質素なメールを見ると相当ショックだったことがわかる。私はどうにか電車の中で頭を働かせて彼女に返信した。

 自分の学校が甲子園に行くなんて、そりゃあ夢のように嬉しいし感動するだろう。でも、野球部は今、一年生しかいない。出会って数ヶ月の、体の小さい男の子達しかいないのだ。甲子園に何度も行っているような学校とは違う。まだまだ成長途中である。

 甲子園なんて夢のまた夢だ、といったら失礼になるだろう。彼らが休みも無く練習に励んでいるのは知っているし、運だけで勝っているわけじゃあないことは理解している。けど、高校野球がそこまで甘いものでないのだって、彼らは私以上にわかってるのだと思う。
 今日の結果は選手にとって悔しかったに違いない。そう思っても、私は結局彼らたちの気持ちを100パーセント理解できる日なんてこないことを知っている。
 運動が出来ない私には、どんなに理解しようとしても無理なのだ。

 何度も、球児の気持ちを知りたいと思った。けど、それは一生出来ない。
 何度テレビで球児が涙を流しているのを見ても、私の目から涙が溢れ出ても、彼らたちの味わった感情を同じように理解することは出来ていないに違いない。
 彼らたちの一生懸命なプレーを見るたびに知りたかった。どんな気持ちでプレーするのだろうって。


 その日の帰り道だった。
 偶然田島に会った。自転車に乗っている田島に。
 田島と目が合った瞬間名前を呼ばれて、彼は自転車を降りる。

「お前、今日試合見た?」

 いつもより元気がなく少し疲れているようだった。何故こんなところにいるのだろう。

「行ってない。でも結果は聞いたよ」

 ふーんと、興味なさそうな顔をした田島は少しだけ眠そうにも見えた。

「でもお前は見に来なくて良かったかも。お前が見たい試合じゃなかったと、思う」

 自分の握った手が汗ばんでいるのを感じた。動悸がする。
 中学の時から、田島を見ると少し焦る。
 田島とは同じ中学だったけれど、クラスは同じになったことはなかった。関わりはなかったけれど、彼のことはよく知っていた。野球が上手いって。体育もすごいって、友達はいつも目をキラキラして話していた。
 私は、彼を見るたびに気持ちが落ち着かなかった。恋だと友達は言ったけど、違うだろう。私は話したこともない相手を好きにはならないと思っているし、下ネタを堂々と言う田島を見てひどくがっかりしたのもよく覚えている。

「俺はずっと、中学の時からさお前が野球好きだって知ってたよ」

 田島と同じクラスだと知った時、ちょっと動揺した。教室に入って田島から声を掛けられた時、もっと驚いて、焦って、上手く会話出来なかったのを覚えている。
 中学では同じクラスになったことはないし、卒業アルバムを見て私に気付いたんだと思っていたけど、違ったらしい。

「お前が、あんま俺のこと好きじゃないのかなーなんてのも。知ってる」

 田島がすこし焦っているように思えた。クラスの田島とも、野球をしている田島とも違う。
 相手が焦っているとこちらは逆に落ち着いてくるようで、少し気持ちが落ち着いてくる。
 田島の顔を見る、と視線ががっちりと合った。

「でも、俺はお前が好きなんだと思う」

20130221 修正
20171010 再修正

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