名前も知らない男の子に恋をするのは自分でも不思議なことだと思った。
今まで好きになったことのある男の子は、同じクラスの男の子であったり、先輩であったり。そういう近しい人だった。けれども、そのほとんどが既に恋人だったり、恋人に等しい仲の良い女の子がいた。そういうのを知ると、自分とは違う世界の人のように感じて淡い気持ちは消えてしまった。甘い世界を作るその人たちを見て、自分にはまだはやい世界だと感じた。
月が綺麗で、涙が出そうになることが時々あった。どうしてかわからないまま、学校帰りに涙を流してしまうのだ。変なのってよく思う。知らない人から見たらきっとおかしな子だなって思われてただろう。
私は自分自身のことをよくわかっていないなと思うときがある。私は友達よりも私自身のことをわかっていなくて、友達の言葉に気付かされることばかりだった。確か、初恋もそうだった。友達に「あの人が好きなの」と尋ねられて初めて気が付いた。
そう考えると、今回のあのプラネタリウムの彼への気持ちは初めて自分自身で気付いたものなのかもしれない。
彼のことを考えると胸が苦しくなる。先ほどの彼の背中を思い出して彼が綺麗だと言った月を見つめる。
次会ったら、名前を聞きたいな。彼の名前が知りたい。
○
「あっ、名字だ」
「おはよう水谷くん」
「今日さ、朝から月が出てたでしょ、それ見たらさ前に名字が流れ星を見たって言ってたこと、思い出した」
「あぁ、覚えててくれたんだ」
朝から元気な水谷くんの隣を歩きながら教室へ向かう。水谷くんは朝練疲れたと言いながら笑って嬉しそうに部活の話をよくする。
水谷くんは野球が好きなんだねって前に言った時、阿部くんは「ミスしなけりゃいいんだけどな」と低い声で呟いたけれど、野球のルールがあまりよくわかっていない身としては試合をしているという時点ですごいことだと思っている。前に友達に誘われて応援に行った時はとても長い時間試合をしていて驚いたのだ。
「俺も流れ星見たいなぁ」
「私ももう一回見たいなぁ」
教室に入る手前、水谷くんはまたきらきらとした綺麗な目を私に向けて笑って聞いた。
「ねぇ、もう一度流れ星が見れたら、名字はなんてお願いをするの」
まるで子どもみたいな笑顔だった。いや、私たちはまだ子どもだけれど、そのくらい純粋な表情のように思えた。水谷くんのそういうところが私は大好きで、その顔を見る度に今日はいいことがありそうだなと思うのだ。
「えー、秘密。秘密だよ」
「なにそれ、気になるなぁ」
プラネタリウムの彼の名前が知りたい。あわよくば、彼と親しくなりたいなんて言えるはずないのだ。
20140104
20160929 再修正