完結
 普段よりも帰りが遅くなってしまった。乗客の少ない電車に乗っていると、すこしだけ怖くなる。それでも車窓から見える綺麗な月を見ると少しだけ安心する。
 心地よいリズムで揺れる電車が案外好きだった。あまり乗車時間は長くない。気を付けないと寝てしまいそうになる。今日みたいに少しだけ疲れた日は特に。
 目の前の座席には誰も座っていないため、鏡のように車窓に自分の姿が写っている。朝よりも眠たそうな、だらしない顔が写っていて、すごしだけ焦ってしまう。もしも、誰かに見られていたら恥ずかしい。視線を動かし確認する……。

「えっ」

 プラネタリウムのあの男の子が、小さな花束を持って端に座っていた。
 廊下ですれ違ったあの日からどのくらいの日数が経ったかわからない。プラネタリウムで会った時からどんなに月日が経ったかわからない。けれども、けれどもやっぱり私の心は激しく動くのだ。あの男の子だって、確信なんてないのに。他人の空似かもしれないのに。あの暗闇で見たあの男の子かどうかわかるはずないって、そう思うのに。それでもそんなことを思えば思うほど、あの優しい瞳が声が、彼のものだとしか思えなくなる。私のこの動いている心臓が証拠だと、思えて仕方なくなってしまうのだ。
 まるで私に気付いてといっているように身体はあつくなる。どきどきとうるさい。お前はあの瞬間、恋をしたんだって気付いちゃえって言われているみたいだ。

 そう、恋をしたんだ。

 他の人から見たら何もないただの出来事だ。それでも彼を思い出す度に胸が苦しくて仕方が無い。名前も知らない男の子に、どうして恋なんかできるのだろうって、そんなはずないって何度も思った。それでも夜空を見上げる度にやっぱり彼がちらつく。本当に私は、病気にでもかかったようだった。

「あっ、あの……」
 座席の端から端に、声をかけるなんてどうして私、できたんだろう。もしも知らない人だったなら次の駅に着くまで私はどうしようとしていたんだろう。頭で考えるよりも先に出た自分の言葉に、驚く。どうしていつもこうなんだろう。

 びっくりしたように目を見開いて口を少し開けた表情をした彼に、次になんて言葉を言えばいいのかわからなかった。本当に他人の空似だったらどうしよう。

「あぁ、……その。プラネタリウムの星も綺麗だったけれど、実際に見る月ってやっぱりいいね」
 照れくさそうに彼は優しくそう言った。鼻の奥がつーんと痛くなって泣きたくなってしまった。
「うん。綺麗だよね」

 やっぱり彼だったのだ。確かに彼だったのだ。
 先ほどまで信じられなかった気持ちが確信に変わる。私はこの人が好きなんだ。名前も知らないのに、どんな人かも知らないのに。馬鹿みたいだって少し思う。でもしょうがないことだって思う。それでもなんだか嬉しかった。少し誇らしかった。

 星が光って月がとても綺麗なそんな夜。そんな夜に自身の恋心に気付くことができた。なんて素敵な夜だろう。

20131019
20160929 再修正

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