完結
※原作にはない設定があります。





「水心子、その半纏はいらないよ……」
「えぇ!? けどもうすぐ六月とはいえ、夜はまだ薄ら寒いぞ」
「まあまあ、今回はあまり長居するつもりはないし……」

 夜、こんのすけが廊下を歩いていると、名前と水心子正秀、そして源清麿が水心子の私室から出ていくのを見つける。源清麿が望遠鏡を持っているのを見て、こんのすけは先日名前が言った「清麿が今度天体観測をしようって誘ってくれたの!」という言葉を思い出した。

 どうやら、今夜がその日のようだ。天保江戸にて特命調査を行った二振りの前を歩いて笑う名前を見て、こんのすけは歩みを止める。
 すっかり元気になった名前は、今まで以上に多くの刀剣男士と交流するようになった。政府職員から念のためにと勧められた検査の結果にも問題はなく、異常だった食欲も元に戻っている。

 霊力不足になったことで、何か思うことがあったのかもしれない――数日前にそう言ったのは、この本丸の初期刀である。こんのすけにちょっと良いとこの油揚げを差し出しながら今後も宜しく頼むと頭を撫でた初期刀も、今度名前と一緒に出掛ける予定があるのだとか。

 名前たちが行ってしまうのを密かに見送ったこんのすけは、再び歩き出す。少し冷えた廊下を歩くと、小さな窓が見えた。
 雲一つない夜空は、確かに天体観測にうってつけだ。本丸の周辺は自然に溢れ、街灯もないため星も多く見える。小さな窓から見える星空を見ながら、きっと楽しい夜になるに違いないと、こんのすけは尻尾を揺らした。


   〇


 水心子が名前の夢の中に入ったことを、名前は未だに知らされていない。水心子の頑張りにより霊力が回復した名前は、朝起きてすぐ体の調子が良いことを喜び、これまでの霊力供給が実を結んだのだと考えて水心子に礼を言った。

 興奮気味に名前から説明を受ける水心子は、呆気にとられながらも名前に何か変わったことはなかったかと尋ねる。名前は少し首を捻った後、嬉しそうに「なんの夢を見ていたのかは覚えていないんだけど、小さい時に水心子と清麿に会ってたことを思い出したの!」と嬉しそうに言った。

 着替える名前に配慮して部屋を出た水心子は、自身の身支度を整える前にこんのすけを探した。夢で起きたことと名前の様子を伝えれば、こんのすけは早速政府に連絡を取り、職員の勧めで名前はその日のうちに検査を受け、もう問題がないことが告げられた。


 夢の中での出来事を、名前に伝えるつもりはないと水心子はこんのすけに話した。
 元気になったのならそれでいい、むしろ真実を伝えたら我が主はその礼にとその身を差し出すかもしれない。それは私の本意ではない――水心子にそう言われたら、こんのすけはもう何も言えない。

 検査結果を見て、名前の心身が数値としても正常に戻ったことを確認した水心子は、今は名前に恋情を伝える前の距離感で名前と過ごしている。近侍も変わり、名前と関わることもずっと減っていた。
 水心子は、名前への恋心を再び隠したようである。他の男士から見たらはっきりとわかる視線を送ることは度々あれども、それに名前が気付くことはない。夜、名前の私室で好きだと何度も口にした言葉を、あの日以来名前が耳にすることはなくなった。


 あれから、名前は水心子を目で追うようになった。
 水心子の名を口にする瞬間、少し恥じらうような顔をするようになった。主としての仕事をしている間は以前と変わらないのに、それ以外の時、名前は水心子のことを考える時間が増えている。最初の頃は名前も不思議に思っていたようだが、暫くすると納得したようだった。

 その感情が恋であると、名前は知っている。審神者になる前にも何度か体験したその感情を、まさか神様相手に抱くとは考えてもいなかったのだが。
 水心子は恋情を隠し、今や以前のような純粋で真面目な忠臣となっている。しかし、名前は大切に育んだ水心子への感情をいつの日か伝えようと思っている。そう心に決めたのは、五月に水心子と清麿とで天体観測をした日のことだった。

 夜、空を見上げるエメラルドグリーンを見て名前は水心子への恋心を自覚した。
 告白出来るのは半年先か一年後か、はたまたもっと先の未来か。名前自身も、それがいつになるのかはわからない。それでも、未来のそんな日を想像するだけで名前の心には強い力が湧いてくるようだった。

20230310

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