完結
 月日は経ち、少し肌寒いと思うようになっていった。夜になるのは早くて、朝起きる度布団から出たくなくなってきた。
 席替えをしたら仲のいい友達とは近かったが、田島とは離れてしまった。席が隣だった頃と比べて話す頻度は明らかに少なくなっていた。それはやっぱり寂しくて、何度声をかけようと思っても彼には彼の日常のペースがあって同じクラスなのにすれ違ってばかりだった。


 今日は進路面談だった。
 まだ入学してばかりな気がするのに、もう先の事を考えなくてはいけないかと友達に愚痴をこぼせばそのくらいあっという間なんだよと笑われた。
 だが、進路面談というのは名ばかりで面談時間の中身のほとんどは雑談であった。それでも担任は最後に念を押すように笑って言った。

「高校生活なんてあっという間。後悔ばかりが残らないように」

 担任の、先生のその言葉を言った時の顔がなんとも切なかった。先生はどうだったんですかなんてそんなこと聞けなかった。その顔が妙に気になって、だからといって詮索するなんて失礼なことはしない。
 後悔するな、友達にも言われたなぁと廊下を歩いている時にふと思い出す。オレンジに染まった校舎は昼間とは違った雰囲気だ。この季節の夕日はなんだか切ない気持になる。どうしてだろうか。グラウンドで部活をしている生徒の声も、ようやく帰ろうとする生徒の声も、夏のものとは違って感じた。


「名字」
 前方から、私を呼ぶ声がした。最近は滅多に会話をしなくなったが、それでも私はこの声が誰のものだかすぐにわかった。田島の声だ。だけど、田島の声はこんなにも優しかっただろうか。

「三橋。面談、名字の後だったから送ってったんだ。あいつ面談の事忘れてたんだぜ」
「田島はよく覚えてたね」
「名字の後だったから覚えてた」

 もしかしたら会えるかななんてな。子どもっぽく笑う田島。その顔を見て安心したのは、どうしてだろう。

「後悔するなって、面談で言われたの」
 私がそう言うと、田島は私の方へ向かって歩いてきた。ゆっくりと、そう言えば久しぶりに“部活の田島”を見たような気がする。やはり運動をする時の練習着の田島は普段よりもかっこよく見えた。野球をしている時だと、もっとかっこいいのだろうかなんて考えている辺り、私はやっぱり田島が好きなのだと感じる。

「だから、田島に言いたいことがあるの」

 後悔するな、先生にも友達にも言われたその言葉が頭をよぎる。田島の顔が見れなくて、俯く。手はふるえていた。心臓もばくばくとうるさくて身体はあつかった。

「田島の事が、すき、です」

 伝わっただろうか、心臓は未だにどくどくとうるさかった。
 何も反応が無いことに不安を感じ、顔を上げると勢いよく抱きしめられる。

「うん。やっぱり俺、名字の事が好きだ」

 泥と汗のにおいが田島からした。好きな人にぎゅっと抱きしめられた事なんて今までになかった私にとって、それは心臓が爆発するのではないかと思うくらい衝撃的なものだった。

「好き」

 同時に音に出たその言葉はすぐに空気にとけてしまった。
 離れた彼の身体がなんだか名残惜しく、それでも先ほどまで寂しく感じた夕日は、オレンジ色に彩られた校舎は、現実離れしたフィクションの世界のように感じた。

20130221 修正
20161008 再修正

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