完結
※「神様の名前」のその後の話(原作にはない設定があります)。





 日課となった畑当番を終え、風呂に向かう途中だった山姥切長義は主である名前と鉢合わせた。秋の終わり、冬の季節が色濃く出始めた時期であり、特命調査として一つの部隊が長く本丸を空けていたある日のことだった。

 冬の、薄い雲が伸びた青空の下で野菜を収穫した長義の内番ジャージは土で汚れていて、早く脱いで体についた汚れを落としたい一心だった。しかし、名前に「長義、ちょっといい?」と声を掛けられ、長義は足を止める。
 声を掛けてきた名前のすぐ後ろには一振りの刀剣男士がいて、視線が合えば目をふっと細めて口角を上げた。それはまるで、探し物を見つけたかのような嬉しそうな顔だった。

 名前が「新しく本丸にやってきてくれた刀です」と胸を張って紹介したのは特命調査で先行調査員を務めていた源清麿だった。薄い紫色をした髪が揺れ、長義を見る目は優しく、少し安心したようにも見える。首を少し傾げて笑う源清麿が「やあ、久しぶりだね」と言ったところで長義は向けられた視線の意味に気が付いた。

「あ、ああ、久しぶり」

 目の前にいたのは、長義がこの本丸に足を踏み入れる前、脳筋と馬鹿にされていた審神者について調べていた際に地下の書類庫で出会った源清麿だったのだ。

「え、知り合い?」

 名前の驚いた顔に頷いて「政府で調べ物をしていた時、世話になったんだ」と言えば、源清麿は「お世話って程じゃないけどね」と肩をすくめる。

「すごい、そんなことあるんだ」
「ね、僕も驚いたな」

 名前の言葉に源清麿は優しく笑いかけた。
 審神者の数だけ本丸があり、それに伴うようにして日々刀剣男士の数も増えている。
 演練に挑めば頻繁に同じ名の刀剣男士と戦うが、基本的に審神者も刀剣男士も、他の本丸の刀と自分の本丸の男士とを間違えることはない。どういう原理か長義自身もわからないし知らされていないが、最初からそういう仕組みになっているらしい。実際、長義も過去に男士を見間違えるようなことはなかった。

 目印があるわけではない。明確な何かが見えているわけでもない。けれども、同じ姿を持つ男士を識別できるのだ。そしてそれは、人間である審神者も同じであった。そういう不思議な仕組みがあるために、長義は目の前で微笑む源清麿があの時資料を探してくれた源清麿に間違いないと確信を持って言えた。

 しかし、だからといって動揺しないわけではない。今の今まで、数多ある本丸の中で源清麿と同じ主の臣下になるなんて露程考えてもいなかったからだ。
 以前、名前と雑談を交わした際に、とある噂について長義は聞かれたことがあった。
 それは「刀剣男士は審神者との縁により本丸に顕現する」というもので、名前が右も左もわからない時から都市伝説のように語り継がれているものらしかった。「長義は知ってる?」と、興味津々といった風に聞かれ少し驚いたことを覚えている。「確かに、そんな話を聞いたことがある」と、その時長義は答えた。「けど、噂以上のことは知らないかな」と付け加えて。

 その時のことを思い返して、長義は笑みを浮かべる源清麿を見る。長義が噂と言ったそれが本当ならば、源清麿と出会ったあの日のことも、共にこの本丸に顕現する縁により生まれた出会いということになる。
 付喪神が存在するこの世の中で、縁という不確かながらも人間に古くから信じられてきたものを信じないのもおかしな話かもしれない、と長義は思った。それに、書類庫で審神者に対して「会ってみた」と言った源清麿の言葉を思い出せば、彼が仲間としたこの本丸にやってきたことは悪いことではないはずだ。

「君を歓迎するよ」
「これから宜しく」

 手を差し出せばしっかりと握り返される。
 柔和な笑みを浮かべて首を少し傾けた源清麿の髪が揺れると、黒いピアスがちらりと見えた。


 万屋に買い物に行った近侍の代わりに本丸内を案内するという名前と、楽しそうに後に続く源清麿に別れを告げて風呂場へと向かう。少し前まで、新たに顕現した刀剣男士を本丸に案内していたのは長義であった。それを思うと、長義は少し不思議な気持ちになった。
 昔から、この本丸では強さの上限に達したら部隊を抜けることになっていた。例にもれず長義も少し前に部隊から外れ、今は本丸の広大な畑を耕す仲間の一振りとして毎日土をいじっている。
 畑が俺を嫌っていると、そう思う長義の気持ちに変化はなく、未だに慣れない作業に戸惑うも、仕事なのだから仕方がないと、やるからには真面目にやるのが当然だと思っている。

 再び戦場を駆ける日はいつになるのか。
 修行の通達は古くから本丸にある太刀にも未だ届いていないのだから後から顕現した己は当分先だとは理解しつつ、長義は戦場に恋しさすら感じる時がある。本来、刀剣男士は歴史を守るために存在するのだから当然の感情だと思いながらも、じゃあこの戦いが終わったら己はどうなるのか、なんて気持ちがなくもない。


 部隊を離れてしばらくすると、長義は夜中に料理をするようになっていた。
 この本丸にやってきてすぐに近侍となった長義は、部隊を離れるまで食事当番に選出されることがなかった。そのため、比較的最近本丸に顕現した男士と比べても料理経験は少なかった。

 初めて食事当番を任された時、長義はお吸い物を作ることを任された。しかし、初めて台所に立った長義は、醤油の分量を間違えて普段食卓に出されるものよりも濃いお吸い物を作ってしまったのだ。長義はそれが思いのほかショックだったのか、それ以来料理に励んでいる。
 夜の台所で、長義はいつもひとりだ。料理が趣味の男士に教えてもらうのが一番の上達かもしれないが、頼み込もうと考えたことは一度もなかった。夜のその時間を、長義は誰にも知られたくなかったからだ。

 料理を作っている時、長義はいつも名前のことを思い浮かべる。
 大所帯になったこの本丸で、名前が料理をする機会は少ない。初期に顕現している男士に話を聞けば、最初の一年くらいはよく手伝いをしていたようだが、男士が増えてからは料理を振舞うことも少なくなっていったそうだ。

 しかし、名前が料理を全くしないわけではない。
 休日の朝、寝坊した名前が一人台所に立っていることがあるし、男士に頼まれてごく少数向けに料理を振舞うこともある。労いのためか、新たなる時代へ出陣した際も料理を作ることがある。そのため、長義も何度か名前の料理を食べたことがある。

 長義は名前の料理が好きだ。他の男士の作る料理と何が違うのかはわからないが、やはり主が作ってくれたものというだけで男士には特別美味しいと感じるのかもしれない。
 長義が誰にも知られることなく料理を作る時、名前にも美味しいと思ってもらえる料理を作ることが出来たらいいのにと思っている。


 長義は先日、万屋で一冊の本を購入した。初心者向けのレシピ本で、本丸でもよく出される料理が掲載されているものだった。
 そのレシピ本を手本に、一晩に一品作っていくことにした。目次の順に作り始め、作った数はもう半分を過ぎた。
 昼間のうちに用意していた材料を持ってひっそりと台所へ向かい、目的の料理を作る。出来上がった料理を黙々と食べ、評定する。数値で表して、レシピに記す。
 全て作り終えたら、一番出来が良かった料理を名前に振舞おうと長義は考えていた。本をレジに持って行った時からの一つの目標で、例のお吸い物を作った日のことを思い返す度に長義は早くその日が来てほしいと願っていた。
 その目標があるからこそ苦手な畑当番も頑張れるのかもしれないと、長義自身最近気付き始めている。
 今日も、いつものように名前を想ってレシピ本のページを捲る。

 いつか己の料理を前に喜ぶ名前を思い浮かべながら、出来上がった料理を皿に移す。湯気が上がったそれを見て、長義は小さく息を吐いた。

20220411
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