風邪のだるさからも回復し、食欲もすっかりもどったと思えば七月は終わりいつの間にか八月に突入していたのだった。夏休みの宿題は半分終わり、私はやはり高校野球を見ていた。夏休みらしい生活を送っているといえばいえるが、学生らしい夏休みかと言われれば素直に頷けない生活であった。
友達は親戚の家に行くのだとかプールだとか、夏休みを楽しんでいるようだ。
今日はお祭りらしい。
友達は昨日、彼氏と行くのなんて電話をしてきた。浴衣を着て好きな人とお祭りに行くなんてちょっと羨ましいな、なんて言えば彼女は本当に嬉しそうに笑っていた。
お祭りという言葉は何歳になっても心が浮き立つ言葉なのだろうか。お祭りにものすごく嫌な思い出が無ければきっと興味がわく言葉だろう。私もお祭りだと聞いて少し興味がわいた。しかし友達にはあらかじめ予定があるのだとわかっている。お祭りに一人で行く、というのもなんだか少し抵抗があった。
私は気分だけ楽しもうと、そのお祭りをやっている神社の近くにあるコンビニに行くことにした。しかし家を出て少し歩いていると、逆にその方が虚しいのではないかと思ってきた。友達にこんな話をすれば笑われるだろうか、それとも一人で可哀相だと慰めてくれたりするだろうか。
「あれ、名字」
その声に身体がびくりと反応した。田島の声、だった。
「何してんの」
振り向けば、田島がいた。部活終わりなのだろうか。自転車を押してもう一度私の名前を呼んだ。心臓が痛む。結局私はあの後田島と上手く会話が出来ていなかった。
「田島は、部活だったんだね」
そう私が言えば田島は頷いた。田島は自転車を押して近付いてきた。そしてすぐに私を通り越した。
「あれ。名字、お祭り行くんじゃねーの」
首を傾げて田島は振り返った。一本道の先から普段とは違うにぎやかなお祭りの雰囲気が出来あがっており、時々浴衣を着た小さな女の子を連れて歩く女の人や綿菓子の袋を持った男の子達が歩いていた。
田島はもう一度、私の名前を呼んだ。そうだ、田島はよく私の名前を呼ぶのだ。
私に話しかける時は必ず私の名前を呼んでから話しを始める。そして最後にはじゃあな名字と言って去っていく。それが彼の中では普通のことなのかはわからないが、私は毎回その度に彼を意識してしまう。緊張して、上手く言葉が返せないのだ。
「行こうと思ったんだけど、一人だから止めようかなって」
そう答えると、じゃあ俺と行こうよなんて田島は笑って言った。
「田島は疲れてるでしょ。明日も部活だろうし。私はコンビニに寄って帰るから……。だから」
だから、という言葉の後が言えなかった。それは何故だろう。なんとなく、わかり始めていた。私は田島とお祭りに行きたいと思っていたのだ。
ずっと否定していた気持ちが、田島を目の前にすると消えていくように感じた。田島の笑った顔を見るたびに、名前を呼ばれるたびに、私は田島を強く意識していく。
「行きたくねぇの? 俺は、名字と行きたいんだけど」
20130221 修正
20161008 再修正