完結
 金吾くんが私のために描いてくれた地図のお礼を果たすため、今、私は金吾くんと一緒に山にきている。


 山村喜三太くんから貰ったお饅頭のお返しをしたいと金吾くんは言った。なんでも近くの町で売られていたもので、残り二つだからと安くしてくれたものを学園に戻ってきた金吾くんに渡したようだ。例えお饅頭一個であれ、貰ったものにはお返しをしたいと思ったのだろう。ナメクジを大切にしている同室の友人のために、彼はナメクジの餌となる葉を一緒に探してほしいと私に手を合わせて頼んだ。

「ぼく、どういう葉がいいのかわからないんですけど毒草を渡したら危ないと思って。だから、先輩と一緒ならって……。大丈夫でしょうか」

 申し訳なさそうに肩をすくめる金吾くんに大丈夫だよと返せば頭を下げてお礼を言われた。むしろ、そんなので大丈夫なのかと思うくらいだ。もっともっと、我が儘なお願いをされても良いくらいなのに。
 結局、金吾くんと学園で再会した時間が時間であったため、山に行って餌となる葉を探すのは次の日にしようと言えば、金吾くんはしっかりと頷いた。


 ナメクジ関係で学園に来たばかりの頃は大変だったようだが、同郷ということもあり、今は随分仲が良いらしい。笑って喜三太くんの話をする金吾くんの声の調子が楽しそうなことに気付いて、こちらも楽しくなってくる。
 金吾くんと近くの山に来ていた私は、彼の話を聞きながら辺りを見渡す。お返しをするなら時間があまり経たないうちがいいだろうと考えるも、なかなか見つからない状態だ。

 昨日のうちに竹谷からナメクジが好む葉を聞いておいた。
 基本的になんでも食べるらしいが、「今ならあの山にある――」と教えてくれた竹谷の髪には今日も土が付いており、タカ丸さんが見たら怒りそうだ。ただ、この土はいつもの通り、三年生の伊賀崎孫兵のペットを探していた時に付いたのだろう。彼に髪の汚れを指摘すれば、竹谷は苦笑して頬を掻いた。

「しかし、なんで『ナメクジが好む葉』なんて聞いてきたんだ?」
「頼まれたの」

 私がそう言えば、すぐにああ、と頷いて「皆本金吾か」と笑った。
 どうしてわかるのか尋ねれば、少し自信があるような顔をして「上級生なら自分で調達するだろう。生物委員なら俺に頼む。くの一教室はこんな話を名字に頼まないと思う。まぁ、名字にお願いをする忍たまなんて限られてるしな」と言った。その言い方だと私には忍たまの友人が少ないみたいではないか、と思いながらも事実なので当たりだと答えれば「やっぱり」と歯を見せて竹谷は笑った。

 確かに、私を頼ってくれる忍たまはそんなに多くいない。というか本当に金吾くんくらいだ。忍たまの先輩に上手いように使われることはあっても、後輩に頼られることなんて今まで無かった。
 そう考えると、金吾くんの存在は私にとって大きいものだ。草を掻き分けながら一緒に喜三太くんのお返しを探せるこの時間は、なんて特別な時間なんだろう。

 山の中を歩き回った後、ようやく見つけた葉に金吾くんと手を取って喜び合う。
 良かった、と思いながら山を下りる途中、私は長期休みに父と話したことを金吾くんに伝えた。


「――父は、父の仕事を誇りに思っているし、そして私のこともちゃんと考えてくれていたことを今になって知ったの。……でも、聞けてよかった。金吾くんがいたから聞けたんだよ」
「そうだったんですね。……名字先輩のお父上の打つ刀は、きっととても素晴らしいものなんでしょうね」
「金吾くんがそう思ってくれるだけで、私が嬉しくなっちゃう。父も、その言葉を聞いたらきっと嬉しいと思うな。有り難う」
「いいえ。でも、ぼく先輩のお役に立てたなら、嬉しいです」

 いつも助かってるよ、と言えば金吾くんは照れくさそうにして笑った。その表情に私もつられて笑ってしまう。

 学園に戻ると、金吾くんは一目散で長屋の方へ向かって行く。何度もお礼を言った金吾くんに私は手を振った。


 数日で授業開始ということもあり、特に家が遠い生徒の姿が目立ってきていた。再び学園生活が始まることを感じる。
 六年い組のお二人が真剣な顔をして、真っ直ぐ前を向きながら歩いている姿を見かけ、ああもうそんな頃なのかと思わされる。毎年この時期くらいから、先輩方のああいう姿を見るようになる。ああ、先輩方の卒業が近付いている。そう思うと胸の辺りがざわざわとうるさくなった。

   ○

 朝、朝食を食べている時に金吾くんから話し掛けられた。喜三太くんが後から食堂へやってきて、金吾くんの隣に座ると喜三太くんは目をキラキラさせて私を見た。
 喜三太くんは金吾くんからのお返しを大変喜んだようで、一緒に餌となる葉を探した私にもお礼を言ってくれた。まさか喜三太くんにお礼を言われるとは思わず驚いてしまったが、喜三太くんの「有り難うございますぅ」という甘えたような言葉に照れてしまった。

 二人と朝食を食べた後、自室へ向かう途中で竹谷に会い、今度は私の寝癖を指摘されてしまった。食堂にはいろんな人がいたのに、と恥ずかしくなる。

「まぁ、別にそんな気にならないって」
「えぇ、でも竹谷に指摘されちゃったじゃん」
「たまたまだって」

 まだ授業が始まらないからって気が緩んでいたのかもしれない。明日から授業が始まるのだから、気を引き締めなければいけない。
 前髪を気にしつつ、竹谷に先日のお礼を言えばどういたしまして、と笑われてしまう。

「喜んでもらえて良かったな」
「うん」

 嬉しい気持ちが顔に出ていたのか、竹谷はそう言って歯を見せて笑って去っていった。委員会で飼っている生き物に餌をやりに行くらしい。去り際に一緒に行くかと誘われたが、断った。食事を終えたばかりだったので、さすがに今はそういう気分ではなかった。


 昨日よりも学園に人が戻ってきたようで、あちこちで再会を喜ぶ声が聞こえてくる。同室の友人もそろそろ戻ってきた頃だろう。「久しぶり」という明るく元気な声が聞こえると、私も友人に「おかえり」と言いたくなってきた。長期休みはどうだった、なんて毎度の会話すら楽しみになってくる。
 廊下を歩く足取りは軽く、口元はゆるむ。胸のあたりは、幸せでいっぱいだ。

20161102

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