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05 サンタは一生懸命な子にやってくる



クリスマスの魔法で猫になりました。
エドワードの手紙は、そんな風にしてはじまった。
そして家族の目の前で、にゃーんと可愛らしい鳴き声を響かせる一匹の猫。
「…何考えてんだよ」


その頃エドワードはというと、こちらもまさかの事態に遭遇し、今二駅分の道のりを、全
力疾走しているところである。
「こんなときに…っんで、電車止まんだよっ…!」
クリスマスの混雑は予想以上にひどかった。毎年のこととはいえ、今年は予想を見誤った
のか、想像以上の人ごみに揉まれに揉まれたあげくに、信号機の不良やら踏切に人が侵入
しただとか次の駅の線路に子供が落ちたとかわけのわからない情報の錯綜にただただ翻弄
されるばかりなのである。
やっぱり、家族をないがしろにした罰があたったのだろうか。
そう思ってため息をつき、携帯電話を取り出す。しかし、怒っているのか、それともどう
でもよくなったのか、家族からの連絡はなかった。安心したいような不安なような。とに
かくロイに連絡をとらなければ、と思いつつ、あまりにも哀れになった自分を見下ろした。
せっかく弟が選んだ服が、結局少し胸のあいたシャツにしたのだが、もうよろよろのへろ
へろである。さらには髪の毛はぼさぼさで三つ編みはところどころ飛び出している。ああ
もう、とわずらわしくたれてきた髪を肩から払い、エドワードははぁ、とまだまだ長い道
のりを思った。
やっと一駅分の距離を走破したものの、待ち合わせの次の駅までは今よりももっと遠いの
である。電車は相変わらずで、駅員と大勢の客が改札口でもんどりうっている。あの中に
はどんな人たちがいるのだろう。家族連れか、恋人か、それともエドワードのように、大
切な人の元へと急ぐ人が、たくさんいるのだろうか。タクシーもバスも満杯状態で悲鳴を
あげており、もうどうしたら、とエドワードは飾りつけられた大きなツリーの前で立ち尽
くすしかなかった。
何にも替えられない、恋人とこの夜を過ごしたい。どうか、とエドワードはツリーに向かっ
て祈ってみる。最後の手段、神頼みであった。
「シチューは温めれば食べられます。母さん、焦がさないように。パンも買ってあるので
切って焼いて、あとサラダは冷蔵庫の二段目、親父のワインは野菜室に。昨日の詫びにア
ルにはシャンメリーが入ってます」
兄さんっ!とアルフォンスは顔を両手で覆った。シャンメリーなんて別にそんな気を使わ
なくていいから!とやはり少しばかりずれている兄を思う。きっと兄は今頃。久しぶりに
揃った両親と示しをあわせたかのようにテレビを見やると、そこには大渋滞のニュースが
流れているのである。
兄からの手紙は、最初の挨拶を覗いてはまさしく、今日のごちそうの準備方法、ただそれ
だけであった。テーブルの上には例年通り、4人分の食器とグラスが並べられている。そし
てエドワードの席には、大きくエドワード、と張り紙された、目つきの悪い黒猫が、とっ
てつけたようなサンタ帽をかぶってちょこんと、中身の見えるケージの中でごそごそとう
ろついていた。
結局身代り作戦である。どっから連れてきた!とアルフォンスは突っ込みたくなったが、
突っ込むべき相手がここにはいない。おそらく、テレビで放送している交通機関の麻痺に
やられて、途方にくれているのだろう。
「もう…エドったら…」
「しばらく会わない間に…こんな…」
両親の声が聞こえてきて、アルフォンスはひくっと震えた。さあどうでる!?追いかける
のか?本当に見つけ出しそうだ!と恐怖と悪寒に戦くしかない。クリスマスを家族で過ご
さないなんて!というどこか外国テイストな我が家の父母が、兄を締めあげてでも連れて
帰ろうとしたならば、やはり止められるのは自分しかいないのだろう。丸投げか!と泣き
たくなる。全くいつもいつも面倒なことばかり押し付けてくれやがって!と頭を掻きむし
りたくなる。このままだと、早々に禿げそうだ。
「猫ちゃんになっちゃうなんて!」
うえええそこ!?とアルフォンスは両親に突っ込みを入れながら、かわいいかわいい!と
ケージから取り出した猫をかわるがわる抱きしめる彼らを茫然と見つめた。エドちゃあ
んっ!エドおおお、と猫と同じようにごろごろしながら、両親は黒猫を愛でる。おしゃれ
してるっなんてかわいいの!と帽子を直してやりながら、トリシャなど胸に抱いてものす
ごい勢いで頬ずりしている。
要するに。アルフォンスは思い当った。
両親は、何かを可愛がれればそれでいいのだ。
脱力。この家でいちばんの損害を被るのは、いつだってアルフォンスである。ようやっと
猫を放してやり、さあご飯にしましょ!とさっそく焦がしそうな勢いで鍋を火にかける母
親と、ああそうだな!とまだ当分のまないワインを取り出してしまう父親。僕も逃げ出し
たいよ、と思いながら、すりすりと膝に身体を擦りつけてくる黒猫を眺める。
「母さん、火は弱めて。父さんはパン焼いて」
はぁー、とそう言いつつアルフォンスはサラダを取り出す。えーっとドレッシングは、と
探していると、また猫が寄りついてきた。どうやら過剰にかまいすぎた両親と違って、ア
ルフォンスにいちばんなついたようである。
「なんだよ兄さん、膝にすりすりしてこないでよ」
白々しくそう言ってやると、父と母は驚いて、そして実に豪快に笑った。
「もう何言ってるの!その子はお兄ちゃんじゃありませんよー」
「困ったちゃんですねーアルくん。どうしたんだい一体」
ほんとの困った奴らはこいつらである。といらっとしたアルフォンスだが、てっきり本当
に勘違いしていると思って驚いて目をぱちぱちさせた。さすがの両親も、エドワードの下
手すぎる嘘には気づいていたのだ。いや、気づかなかったらおかしいけれども。
「だって…兄さんだって信じてたんじゃないの。この猫」
「まさかまさか。兄さんがこんなに毛深いわけないだろう?」
父親がそれっと、猫を抱き上げながらいう。よく伸びるなぁ、とでろーんと長い猫の身体
をぷらぷらしている父親は、本当に嬉しそうである。
「エドのやつ、父さんが猫飼いたいって言ってたの覚えてたんだなー」
でも私としては、母さんに良く似た三毛猫を飼う予定だったんだけどなー、と言いつつふ
さふさとした猫の顎の下を撫でる父の手は大きかった。床に下ろしてやり、エドワードが
ケージの中に用意しておいた餌と水を取り出して、前に置いてやると、がつがつと食べ始
める。はー胸きゅん、と父ホーエンハイムは、座りこんでその姿をにこやかに眺める。そ
して、あっカメラカメラ!とばたばたと廊下を走って言った。
「………父さん、そんなこと言ってたかな」
「ずっと小さい頃の話よ。父さんよくエドを抱っこしながら、出張先で寂しい寂しい言っ
てたから。そのとき猫でも飼いたいなって言ってたのを、覚えてたのね」
ほら見て、とトリシャがエドワードの椅子の下に隠されていた、もうひとつの秘密を露わ
にする。そこには父のために、猫を飼うための道具がいろいろと用意されていた。とにか
く今必要なものだけだったが、トイレの砂と、当分の餌、その他もろもろ。彼らしく黒い
包装紙に真っ赤なリボンが難解に結び付けられた箱の中に陳列している。
「学校あったのに、ちゃんとご飯の準備もしてくれたのね。こんなに頑張ってもらっ
ちゃったんだから、追いかけるわけにはいかないでしょう?」
ほらみて、とトリシャはエドワードの手紙を裏返す。そこに書かれていた追伸に、アルフォ
ンスもああ、と納得した。
「…でも、どうやって買ったんだろうね」
「うーん、見たところ雑種だし、野良ちゃんかもしれないわねぇ」
そういえば!とアルフォンスは思いだした。兄は近くの公園でよく猫を手なづけていた。
その中にいた中から捨てられたと思われる猫を、連れて帰ってきたのかもしれない。ちゃ
んと病院に連れて行かなきゃね、とトリシャは言った。
「ああ可愛い…エドワードも粋なことを…でもパパは残念だなぁ、こんなにお土産買って
きたのに」
そういう父の手にはデジカメと、エドワードのために用意された外国産の背が伸びるサプ
リメントやら健康グッズや外国版のエイリアンハンターDEAD、略してエイハンという
地球にきたグロい宇宙人を退治するゲーム。はいこれはアルのぶん、とどさっと渡された
紙袋の中には、アルフォンスが欲しかった洋書や、輸入品でちょっと値が張るお気に入り
のマシュマロ入りココア。これがまたおいしいのだ。それからなぜか、海外のアダルトな
本とビデオがでてきた。母に見えぬようアルフォンスはばっとそれを袋の奥に突っ込んだ。
「父さん!変なのいれないでよ!」
「えー何もいれてないだろう」
「入ってる!息子にこんなもの買ってくるなんて正気!?」
「エドが、お前はアジア系が好みだと言ってたんでな。たまには別のも試したほうがいい
ぞ?」
最低!!とアルフォンスは父親の頭を手加減なしで、袋で殴った。
「母さんには今回は指輪だよ」
「まぁ!」
ありがとう、と笑うトリシャに、ホーエンハイムはでれでれである。もう一発喰らわせた
い、と思いながら、アルフォンスはシチューの鍋の火を消した。
「それにしても可愛いなぁ!我が家の新しい家族に名前をつけないとな!」
「そうねっ」
また黒猫を構い倒し、尻尾が長いだの、これはまれに見る美人、いや!美猫だ!と騒ぎつ
つ、両親は名前の相談をはじめる。自分たち兄弟の名前を決めるときも、こんな風だった
のだろうかと思うと、AVの怒りも静まるというものであった。
「真黒ねぇかわいいわねぇ」
「目もつぶらで、ほんとかわいいなぁ…むっ男子か…じゃあロイというのはどうかな?」
「だめっ!ぜーったいだめ!」
えーなんで、という両親に理由など説明できるはずもなかったが、アルフォンスは新たな
る危機を避けるべく、両親と猫の輪に飛び込んでいった。とんでもないクリスマスまでの
数日間だったが、どうしてか楽しかった気がするのは気のせいではあるまい。僕にも命名
権あるからね!と両親から猫をとりあげて抱き上げながら、アルフォンスは苦笑してしま
うのだった。


待ち合わせの時間をとっくにすぎていたが、エドワードはまだツリーの前に座りこんでいた。
ちょうどよく空いたベンチに腰掛けて、何度かけても繋がらない携帯をほっぽり出す。
ちゃんとうまくやってるかな、と黒猫の行く末を思った。とりあえず、あれで親父は絆され
たはず、と思いながら、はあ、ともういちど電話を手に取る。だが、繋がらない。
「…あーあ…」
ロイ先生、心配してくれているだろうか。それとも怒って帰ってしまっただろうか。それと
も同じように、この交通渋滞に巻き込まれているのだろうか。
最後の登校日を終えて、ああ公立の学校をこの日ほど恨んだことはない。ぎりぎりまで登校
日が設定されているのだ。急いで溜めていた小遣いでケージや餌や必要なものを買い、いち
ばんなついていた猫を連れて帰宅したエドワードは、夕飯作りに奔走し、身支度を整え、余
裕をもって家をでた。作戦はいきあたりばったりな割には、完璧であったのだ。だが、この
大渋滞を一体誰が予測できたというのだろう。
もう神様なんか信じねぇ、とふてくされ、このあとどうしよう、とエドワードは頭を抱える。
手紙の裏に書いたメッセージを思い出し、大見栄きってでてきたのに、と絶望する。家には
帰れない。どこにもいけない。もちろん、高校生のエドワードは泊まれるホテルもなければ、
友達の家に厄介になるわけにもいけない。なぜって?もちろんクリスマスだからである。
うつむいていたエドワードの視界が、ふいに翳った。なんだ、と顔をあげると。なんと。
「………せん、せ…?」
息をきらしたロイが、植木鉢を抱えて立っていた。マフラーは解け、コートはずれて、こち
らもいつもと比べたら悲惨な姿である。でも、今いちばん見たかった顔であった。
「…良かった…探したんだぞ!こういう事故のときは、その場を動かないようにしないとだ
めだろうっ」
ああ本当に良かった!とロイはエドワードを抱きしめた。わー皆見てるよ!とエドワードは
恥ずかしくてわたわたと暴れる。心臓がばくばくするぅ!と心中で悲鳴あげる青少年である。
周囲の目が気になるものの、ロイに抱きしめられ幸福感で胸が詰まる。思わずエドワードは、
サンタさんだ、と奇跡を起こしてくれた誰かに感謝した。さっき神様を信じないと断言して
しまったから、今信じられるものと言えば、やはりこの人だけなのである。ありがとう!と
叫びたくなる。
まさに折り重なった幸福な偶然であった。二人ともお互いに向かって、線路沿いを走りぬけ
てきたのだ。どこかですれ違ってしまうかもしれなかった。さらには、ロイのほうが遠い道
を、おそらく電車が止まった駅までエドワードを迎えに来るべく走ってきたのだろう。まだ
熱い身体と動機を全身で感じる。服越しに分かるぐらい、会いたかった気持ちが伝わってく
るのが心地よかった。
腕を引かれて、立ち上がる。公の場で普通に手を繋ぐ行為に頬を染めつつ、うつむきがちに
彼についていく。もう移動手段は徒歩しかないのだ。でも、それでも構わない。繋ぐだけ
だった手を、一度緩めて、今度はしっかりと指を絡ませ合った。
「あのさ、聞いてもいい?」
「何を?」
「…その植木鉢、なに?」
ロイは、ああ、とその袋をエドワードに渡した。中にはクリスマスに定番の、赤い葉っぱの
ような花がみずみずしく咲いている。
「ポインセチアっていうんだよ」
「ふーん…」
「その…プレゼントのつもりだったんだが」
「えっ!?まじで!?うわ、超嬉しいよ!」
絶対枯らせないようにしなきゃ!と植木鉢を抱きしめる。でもなんで植物なんだろう、と
思っていると、ロイは少し照れくさそうに頭を掻いた。
「…これからどうしようか」
「うーん…店、どこも空いてなさそうだしね」
エドワードは帰ったら育て方調べよう、と思いながらあたりを見渡す。どこの店も並んでい
たり満員だったり。騒がしいが少したてば、確かに腹を満たすことはできるだろう。だが、
どこも二人で過ごす初めての聖夜にはふさわしくないような気もしてしまう。うろうろとあ
たりを見渡していると、ある看板が目に入り、エドワードはそうだ、とひらめいた。
「ね、何か買ってって、先生んち行っちゃダメ?」
あれとか、と店の前打っているチキンのボックスを指差す。別にいいけど、というロイが、
でも少し散らかってるよ、というのにも全然大丈夫、と返す。それでもまだ浮かない顔のロ
イに、何か理由があるのかとエドワードも不安そうに眉を曇らせた。まさか女でもいるのだ
ろうか。
「…そんな顔しないでくれ。…ただ、見ても、絶対にひかないでくれると約束してくれるか
い?」
「え?へ、変な趣味でもあんの…?」
ロイのかなりへこんだ表情に、エドワードは慌てて言葉を付け加えた。
「いやっ俺平気だよっ実は俺もちょっと変な趣味あるっていうか、いや先生の趣味が変とか
決めつけてるわけじゃないけど!そのっ!人のこと言える立場じゃないっていうか!だっ誰
にしも心に秘密の花園を…っ!」
「お、落ちついて…」
混乱しはじめたエドワードを、ロイがはい深呼吸、と宥める。子供の扱いはお手のもの。そ
して幼稚園の子には内緒にしてくれよ、と人差し指をたてながら、ロイはそっとエドワード
に打ち明けた。
「実はね…植物マニアなんだ」
「……は…?」
それを聞いて、エドワードはおそるおそるロイからもらった植木鉢を見下ろした。
「…実はそれも私が育てたんだ」
「………まじで」
こんなこと言うと気持ち悪がられると思うけど、実は育てた花を好きな子に渡すのがちょっ
とした夢で、とぶつぶつと語り始めたロイに、エドワードは吹きだした。
「なんだそんなことかよっ!全然変じゃないじゃん!あっははは、ははははっ!」
「…笑いすぎだぞ」
散々笑ったエドワードは、今度うちにも来て、とロイを誘った。ロイが自分の秘密を教えて
くれた以上、自分も打ち明けなければフェアではない。きっとびっくりするんだろうな、と
思いながら、大事に大事に植木鉢を抱えなおす。
「ありがと、ロイ先生。大事にするから」
その言葉に、心から嬉しそうに笑ったロイを、エドワードは一生忘れないだろう。胸に植木
鉢を抱え、もう一方の手はロイと繋ぐ。彼がぱぱっと夕飯を見繕ってきて、少し遠いけど、
と寒い道を歩きだす。遠くても大丈夫。だって今度は二人なのだから。きっとどこまでだっ
て行けてしまうだろう。それこそ夜空に散らばる星までだって、何年かかろうがたどり着く
のだ。
「他には何育ててるの?」
「んー、いっぱいあるからなぁ」
「全部教えて?教えてくれるまで、帰らねぇから」
「…意味を分かって言ってるのかね」
もちろん、とエドワードはロイに寄り添う。そんな彼に、じゃあ全部覚えるまでは帰さない、
というロイは園児たちには絶対に見せない笑顔になる。それもなんだかおかしくて、エドワ
ードはまた笑ってしまった。準備は万端とは言い難い、今年のクリスマス。だが、こんなの
もいいではないか。はじめて家族以外と過ごすその日に胸を躍らせながら、彼は恋人と夜道
を歩き続けるのだった。


追伸、今夜は帰りません。
エドワードの心づくしの御馳走を食べ終え、またもや勃発した名付け大会が真夜中まで続い
ていた。
仕方ない!それならエドツーだ!というホーエンハイムに、じゃあアールツーエドツーよ!
とトリシャが待ったをかける。疲れ果てて眠った黒猫を膝で撫でながら、アルフォンスはエ
ドワードに、シチューの感想と応援をメールにしたためた。がんばってね、兄さん、と笑い
ながら、いやここはポチだよ!とアルフォンスも大会に参加を表明する。まさかそのころ、
本当にエドワードがロイを相手に奮闘していたことなど、彼は知る由もないのである。



end

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