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「とりあえず兄さんに似合いそうな服を見繕っておいたよ」
どれでも好きなの選びなよ、と三つのパターンを指し示し、アルフォンスが言った。
「一つはカジュアル系に色を押さえてみた。で、もう一個は兄さんのライダースジャケッ
トに合わせた、ふつぅうううの感じで、最後はセクシーに胸が広くでるシャツと僕のジャ
ケットです」
「ライダースだろ!」
「自分の趣味じゃなくて、男の趣味に合わせなよ」
厭味ったらしくそういうアルフォンスに、エドワードはぐっと言葉に詰まった。
「先生の趣味なんて知らねぇ」
「まぁ、つきあいはじめたばっかだもんね」
アルフォンスはそれくらい聞いとけよ、と言いながら服を適当に片づけ、ソファに座って
いるエドワードの隣に腰を下ろした。
「ぶっちゃけさー、一体どこまで進んでるわけ?ABC評価でどーぞ」
「おまっいつの時代の人だよ!」
そんなの大学生だって知らねぇぞ!という兄に、でも兄さんは知ってるんでしょ、と言い
ながらアルフォンスはじりじりと間合いをつめる。
「大体さぁ、そのひどい趣味を隠し通せると思ってんの?一応これからずっと付き合って
くつもりなんでしょ」
「ま、ぁな…俺は、そのつもりだけど」
先生はいまいちどうなのかわかんねぇ、というエドワードに、知らない分からない多すぎ
!とアルフォンスはのたうちまわりたくなる。兄はこんなに奥手で内気な性格だっただろ
うか。断じて違う。なぜならそんな殊勝な精神ならあんなファッションセンスにはならな
いはずだからだ。
「で、どこまでいった?」
「…Aまで」
「うぶっ!」
温かい珈琲でも飲んで落ちつこう、とカップに口をつけた瞬間の悲劇。アルフォンスはあっ
つあっつ、と舌を外気にだしたりと無駄な処置をしながら、そんなものか、と安心する。
「でも良かったー、この前の感じだともうさっさとやっちゃったのかと思ったよ」
「お前…随分はっきりものを言うように育ったな」
「当然兄さんが下だよね」
「ひいいぃっ!やめてくれ!」
もう兄弟で踏み込んだ会話なしなし!と逃げる兄が面白くなってきて、じゃあさじゃあさ、
とアルフォンスはむんずとその襟首をつかんでエドワードを元の位置まで引きずり戻す。
「じゃあこの三つの服の中で、そのロイ先生とやらがいちばん興奮する服装を選べばいい
わけだよ」
「こ、興奮って…動物かよ…」
「やっぱ赤かな」
「牛じゃねー!」
そうソファの上で喧嘩しながら、アルフォンスはさぁ!と衣服をつきつけてくる。
「セクシーなのキュートなのガッチリなのどれが好みだよッ!」
「わ、っかりませんッ!」
ぎりぎりと弟に締めあげられていたエドワードだが、ギブギブギブ!と負けを認める。ア
ルフォンスは潔く放してやり、じゃあねー、とまたエドワードが決めやすいように計画を
練り始めた。
「相手の反応を予想してみたらどうかな?」
じゃあまずこれ、と弟曰くカジュアル系にまとめたとふれこみの、カーディガンとシャツ、
ダメージジーンズである。先ほどの三段階評価なら、キュートだろう。
「もちろん兄さんは待ち合わせには遅刻していくから、待ってるロイ先生のとこに走って
いくわけだよね」
「んーそーだな。だとすると」


「ロイ先生お待たせっ!」
「やぁ。…へぇはじめて見たな。そういう服が好きなんだ」
「ど、どうかな」
「よく似合ってるよ。園児みたい」


「だめだ!可愛いのはだめ!あの人基準園児だから!」
「あっそう」
キュートは没、とエドワードは一つ目の選択肢を消去する。
「じゃあ次は、やっぱり兄さんのほんとの趣味を少し抑えた感じで」
「ライダースのやつ?」
うーん、とエドワードは頭を捻る。


「ロイ先生お待たせ」
「やぁ。…かっこいいね」
「まじで?大人の男って感じ?」
「バイクが似合いそうだな。あ、でも先生は身体が外にでる乗り物は推奨しないぞっ!」
「へ、はぁ…」
「お金をためて車の免許とりなさいね。分かったかな?」
「あはは、はーい…」
子供扱いじゃあああぁと苦しみ始めた兄に、アルフォンスはガッチリも没、と服を片づけ
る。残るはセクシー系である。
「…ちょっと寒そうじゃねぇ?」
とくに鎖骨丸見え、と言うと、そこがいいんじゃない、とアルフォンスにいなされる。こ
んなのをきてロイ先生の前にでるのかー、とエドワードはむううぅ、と頭を捻る。


「ローイせんせっお、ま、た、せ?」
「やぁ。…そんなに肌をさらして寒くないのかい?」
「うーん間違えちゃったー、ちょっと寒いかなー」
「だめだぞ、身体を冷やしちゃ。すぐお腹壊しちゃうからな。はい、腹巻」
「あ、うん」


そこは俺をあっためるところだろー!とエドワードはまたもやソファの上で悶えた。まる
で火あぶりになったかのようにのたうちまわる。アルフォンスはセクシーもだめ、とおも
むろに服を脇に寄せた。
「考えてみたらロイ先生のスルー能力は神の領域だ。俺がフラグたてたって無駄に決まっ
てる」
神様なんて信じてなかったのに!と涙目で弟に訴えるが、はいはい、と只一人の兄弟は軽
く流してしまう。ちょっとはフォローしろよ、と重ねて訴えようとしたエドワードの耳に、
ただいまー、と母親の声が玄関から聞こえてきて、彼らはわたわたと服を片づけた。
「あー疲れたー。エドーアルー、晩御飯すぐ作るからねー」
母、トリシャである。早くに二人の息子を産んだのでまだ三十代の、スーツを素晴らしく
着こなす美人キャリアウーマンである。ただいまー、と二人の息子一人一人と抱擁を交わ
し、エドワードには「パパに似てきたわねーこの目つき」アルフォンスには「アルはママ
の目とそっくり!」と嬉しそうに言いながら台所に向かう彼女に、エドワードは手伝うよ、
と隣に並びながら尋ねた。
「そういえば親父と母さんの馴れ初めって聞いたことないよな」
「そうだねー」
「ふふふ聞きたいのー?」
今日はエビグラタンね、という彼女に、えーまたー?と二人は不服そうである。いいじゃ
ない半分シチューみたいなものでしょ、と言いながら、あれはあなたたちが生まれる数年
前のことだったわ、とトリシャは話し始めた。
「留学先でねーパパとあったのよ。セーヌ川のほとりで絵を書いてたの。何を書いていらっ
しゃるんですかって聞いたら、パパは『セーヌの流れより美しいものを、今はじめて見ま
した』ってそれで」
「それ、嘘だよね」
父の絵が落書きレベルであることは家族全員がよく知っている。
母は小さい頃は信じてくれたのにー二人ともすぐ可愛くなくなっちゃうんだから、と拗ね
ながら、でも全部が嘘じゃないもーん、とつんと顔を反らせる。明らかに、全てが虚像で
ある。
「告白はどっちからなの?」
「パパから!」
「それも嘘?」
「嘘じゃありません」
エドちゃんは疑りぶかいんでちゅねー、とトリシャによしよしと抱きしめられ、うわ放せ
よっと暴れるエドワードである。母親のこういう愛情が苦手な年頃である。
「まあ正確にはね、告白させたのよ。こう、セクシーにね、色仕掛けってやつよ」
「い、色仕掛け…ッ」
「兄さん、反応しない」
食器を用意しながらアルフォンスが言う。
「なーに?好きな子でもいるのー?」
「べ、別に…」
「男だったら告白しないとね!自分から!女の子にさせるなんてだめよ!」
いや、もう交際中だから。とは言えない。言えばどうなるかは目に見えている。
「もし恋人ができたら、真っ先にパパとママに言うのよ!お赤飯たかなくちゃ!」
はやくそんな日が来たらいいのにねー、と何も知らずに笑う母は強かった。どんなクリス
マスになることやらと考えながら、二人は夕飯の仕度を手伝うのだった。


その夜、二人でゲームをするとエドワードの部屋に籠って、格闘ゲームで遊びながら、兄
が弟に声をかけた。
「さっき母さんがさ、目つきが親父に似てるって言ってただろ?」
「そうだね」
「でもさ、結構筋肉質なとことかは、お前の方がよく似てねぇ?」
「確かに」
アルフォンスの操るキャラクターに、エドワードの連続かかと落としが決まる。
「でさ、俺ちょっと細いっていうか、そんな筋肉つかないところってさ、母さんの遺伝じゃ
ね?」
「肌も白いもんね」
今度はエドワードのキャラクターがアルフォンスのトリプル乱れ咲きハイキックを喰らっ
た。
「…いけるとおもうわけよ」
「何が」
「色仕掛け」
「はい、僕の勝ち」
「あっ!」
かんかんかん、ゴングが鳴り響く。WINの文字の下で何度も飛び跳ねているアルフォンス
の中々端正なキャラクターは、格闘ゲームらしく鍛えた身体を見せつけるようにポーズを
とり始めるのだった。
「閃いた。次は筋肉アピールなんてどうかな」
「…今から鍛えても無駄だろ」
恋の悩みの前に、計画など無意味である。





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